東北大学と国立感染症研究所は,腎臓細胞に付着した細菌の動きを,蛍光標識を使うことなく,機械学習によって自動追跡する手法を開発した(ニュースリリース)。
病原微生物を感染させた動物細胞の経過観察は病気の仕組みを解明するために重要だが,観察で用いられる蛍光マーカーが微生物の生理機能に影響するという課題がある。
研究グループは,機械学習を利用した背景減算法を微生物動画の解析に取り入れ,蛍光タンパク質で標識化していない(ラベルフリー)細菌の運動を培養細胞上で追跡することに成功した。背景減算法は,監視カメラの映像解析において,静止している背景に対して,動いている前景を自動追跡するために利用されてきた。
背景減算法では,背景モデルの推定と,推定した背景を差し引くことによる前景の認識を,デジタル映像の各ピクセルについて逐次的に行なう。研究グループは,人獣共通感染症レプトスピラ症の病原体であるレプトスピラ属細菌の腎臓細胞上での運動を,背景減算法で解析した。
レプトスピラは,人を含むほぼすべての哺乳動物に感染するが,症状の重症度は,レプトスピラの血清型と宿主の種類の組み合わせによって大きく異なる。人や犬は,レプトスピラの血清型によっては重症化する。このようなレプトスピラ属細菌の宿主選好性のメカニズムを理解することは,保菌動物の発生抑止や予防・治療法の開発のために非常に重要。
研究グループは,ラット(保菌動物)と犬(重症化傾向のある動物)の腎臓細胞に,レプトスピラ属細菌の様々な臨床分離株(レプトスピラ症に感染した動物から分離した株)を感染させ,腎臓細胞に付着しながら這いまわるように動くクロウリング運動を,機械学習ベースの背景減算法で解析した。
その結果,保菌動物であるラットの腎臓細胞に感染したレプトスピラ株の多くは細胞への付着性が高い一方でクロウリング運動性が低く,重症化しやすい犬の腎臓細胞に感染したレプトスピラ株は付着性が低い一方でクロウリング運動性が高い傾向にあり,レプトスピラ属細菌の付着性とクロウリング運動性が反相関の関係にあることがわかった。
さらに,LigAとLenAというレプトスピラ属細菌の外膜タンパク質の遺伝子が破壊された変異株は,いずれも犬の腎臓細胞への付着率が著しく低下したことから,これらの蛋白質が腎臓細胞への付着に関わることが示唆された。
研究グループは,時々刻々と変化する背景ノイズに強く,解析対象の微生物種を選ばないこの研究の無標識検出技術は,病原体について未知の部分が多い新興感染症や,未曽有の感染症に対する迅速な対応に大いに役立つと期待できるとしている。