NTTは,最新のR&D関連の取り組みを紹介する「NTT R&D FORUM 2023」を11月14日(火)~17日(金)の4日間にわたり,NTT武蔵野研究開発センタ内において開催した。
代表取締役社長の島田 明氏は,開催に先立ち行なわれたプレス向け講演で社会が抱える3つの課題である「労働力不足」「環境・エネルギー問題」「高齢化/医療費増大,Well-beingの追求」を軸に解説した。
これらの3つの問題は,大容量・低遅延・低消費電力を実現する次世代コミュニケーション基盤である「IOWN」,世界トップクラスの言語処理能力を持つ小型/省電力の大規模言語モデル「tsuzumi」で解決できるという。
IOWNの目標として,増大するデータ量や電力消費量の課題に対し,IOWN構想により,電力効率100倍,伝送容量125倍,遅延は1/200を達成していくという。ロードマップとしては,光電融合デバイスをAPNサービスおよびサーバーにも適用していくことで,IOWNの高度化を図っていくとしている。
また,コンピューティング領域を切り開く大容量・低電力・小型の光エンジンを開発しており,光エンジンを搭載したスイッチボードを2025年度提供予定だという。
1つ目の課題である「労働力不足」への対応として,IOWNによる建設機械の遠隔操作について,解説した。
大容量・低遅延かつ確定遅延の通信により,現場での作業に近い環境を実現可能だという。また,ソニーと協業締結し,IOWNによる放送局とスタジアムなどをAPN(All Photonics Network)で接続することでリモートプロダクションを実現するという。
さらに,東京海上日動と連携し,事故対応部門において,「tsuzumi」活用により全国で1万人を超えるオペレータの通話後の事務稼働を50%以上削減することを目指すとしている。
また,米国の自動運転システムベンダー「May Mobility」の国内独占販売権を取得して自動運転事業にも参入。地域のコミュニティバスからサービスを開始し,労働力問題を解決するという。
2つ目の課題である「環境・エネルギー問題」への対応として,約100km離れたデータセンタ間をAPNで接続することで分散型データセンタ環境を構築する。APNの高い電力効率に加え,地産エネルギーの利用が可能になる。ここでは学習データを手元に置いたまま,遠隔のデータセンターのGPUを利用してLLM(大規模言語モデル)の学習を実施し,ローカル環境と遜色のない安全かつ低遅延のLLM学習環境を実現するとしている。
また,米Oracleと連携し,OracleクラウドとNTTグループデータセンタ間を低遅延APNで接続し,大事なデータは手元に置きつつ,分析に必要なデータのみクラウド上へリアルタイム連携すること,などが可能であることを実証した。
さらに,分散型データセンタ実現に向け,国内及び米英でデータセンタ間のAPN接続の実証実験を予定しているという。これによって約100km離れているデータセンタをあたかも1つのものとして運用可能にすることができる。この実証実験は,今後米英以外のエリアでも展開予定だという。
3つ目の課題である「高齢化/医療費増大,Well-beingの追求」への対応として,京都大学医学部付属病院と連携し,電子カルテを構造化し,医薬品開発のスピードアップやパーソナライズした医療を提供するとしている。電子カルテとtsuzumiを合わせることで,QOL向上や医薬品開発力向上するという。
また,音声合成技術と脳波や微弱な筋活動でアバターによって操作表現する,運動能力転写技術と組み合わせることで重度身体障がい者への新たなコミュニケーション表現を提供するとしている。
執行役員 研究企画部門長の木下 真吾氏は「LLM + × IOWN」と題し,tsuzumiの小さくて賢いという特長の紹介に触れたLLMの誕生について解説した。
また,ネットワークからチップ内へと推移するIOWNの進展,小さな専門性を持ったLLMを複数作って連携させることの意義について述べた。
そして1948年に発足した電気通信研究所(NTT研究所の前身)の初代所長である吉田五郎氏が掲げた「知の泉を汲んで研究し実用化により、世に恵を具体的に提供しよう」という言葉を振り返り,研究・開発・社会実装に向けた意気込みを述べた。
■人工光合成
太陽光のエネルギーを利用して二酸化炭素(CO2)を変換,削減する技術のひとつが人工光合成。世界中で脱炭素の取組が加速するなか,日本の電力需要の1%を占めるというNTTグループでもカーボンニュートラルに向け,IOWNや脱炭素に向けた研究開発を進めている。
その一環として多くのCO2を減らすため,特に長時間の運用が可能な半導体光触媒と金属触媒材料を用いた人工光合成技術に取り組んでいる。
従来は水と太陽光エネルギーを用いて水素を発生させクリーンなエネルギーとしての利用を検討していたのに対し,現在は水と太陽光エネルギーで取り込んだCO2を変換し,CO2を削減するための研究を行なっているという。
NTTの高品質な半導体光触媒に独自の保護層を用い,350時間という世界トップクラスの寿命を実現。気体のままのCO2を効率的に変換する構造を見出し,多くのCO2を変換させることに成功している。
■IOWNと未来の車
将来的には,より安全な車を求めるセンサーやカメラが多数配置されると予想される。複雑化する車内の配線をまとめるのに,1本の光ファイバーで大容量通信が可能な光通信の技術の応用が期待される。
先を見据えた事例として,大容量光伝送による膨大なセンサ情報の伝送や映像伝送,低消費電力なコンピューティングフレームワークに,光電融合技術やIOWNコンピューティング技術が役立つとしている。
■IOWN×バイラテラル制御による精密遠隔操作技術
IOWN APN(APN)を活用した低遅延トランスポート技術に,ソニーグループが開発する精密バイラテラル制御技術を接続し,離れた地点間にあっても距離を感じさせない触覚を伴った精密遠隔操作を実現すべく共同実証を実施した。
視覚情報に関しては,3D映像をNTTの非圧縮映像伝送技術を用いてAPNにダイレクトに送出し,実在感のある立体映像を裸眼で見られるソニーの空間再現ディスプレーで操作者側に提示している。
APNを介した約120kmにわたる長距離実証実験では,1ms以下の低遅延でエンドツーエンドの安定動作と触覚のフィードバックを確認できるデモを行なった。
今後は,医療機関(手術)など精密な遠隔操作の適用範囲を拡大していきたいとしている。
■All-Photonics Networkを支える光・電子デバイス
NTTでは,IOWN 2.0以降の高速大容量の光パスを支える,さまざまな先端デバイスを研究開発している。
APNを支える光・電子デバイス技術として,光の道を増やす「マルチコアファイバ」,信号の色を変える「波長帯変換デバイス」,超高速信号処理「1Tb/s級デバイス」,色を問わない切換え「超広帯域光スイッチ」がIOWNの高速大容量光パスを実現するキーデバイスとなる。先端デバイス技術を駆使することで,超大容量・超高速通信を具体化しているという。
■光電融合デバイス
直近の2025年に商用化を計画する「光エンジン」と呼ぶボード間の光接続を狙った第3世代光電融合デバイスを集積したモデルを展示するとともに,第1~第3世代までの技術をベースに,LSI近傍に配置できる第4世代の光電融合デバイスの試作品も公開した。
第1世代から着実に小型化を進め,今回の第4世代では約1mm幅のサイズで電気信号を光信号に変換して送信できるようになるという。これにより複数のLSI間を光で接続することができ,データ処理能力を向上させることに繋がるとしている。
このデバイスは2028年の商用化を想定しており,ロジックIC,アナログIC,シリコンフォトニクス変調素子だけでなく,薄膜レーザー素子も一体化される。半導体パッケージ内に組み込まれ,プリント基板上に実装されるプロセッサやメモリなどICの間を光通信でつなげる半導体パッケージ間通信に利用される見込みだという。
そして,2032年に商用化を見込む第5世代デバイスは,半導体パッケージ内部における電気信号のやりとりを光信号に置き換える,半導体パッケージ内通信に利用されることを想定しているとしている。