量子科学技術研究開発機構(QST),住友重機械工業,日立造船は,レーザー・プラズマ加速を用いたレーザー駆動イオン入射装置の原型機を世界で初めて開発し,小型重粒子がん治療装置量子メスの実現に向けた統合試験を開始した(ニュースリリース)。
世界のがん患者数は,今後20年間で年間2,200万人に増加すると予測されており,日本においても1981年以降,疾病別の死亡率でがんが死因の第1位となっている。現在,日本では毎年約100万人のがん患者が新たに発生し,毎年30万人以上ががんで亡くなっている。
日本におけるがんの生涯リスクは,男性で65%,女性で50%と推定されており,がんの診断や治療に関する研究開発は日本の重要な課題である。このような社会的背景の中で重粒子線がん治療は,患者の身体に与える負担が小さく,治癒後の社会復帰が容易であるため,QOL(生活の質)の観点から近年,注目を集めている。
日本では1994年に,QSTの前身の1つである放射線医学総合研究所(NIRS)において,世界初の重粒子線がん治療装置(HIMAC)が稼働した。粒子線がん治療では,身体の深部にあるがん細胞に炭素イオンを照射して死滅させる。
そのために炭素イオンを光の速度の約73%にまで加速する必要があるが,大規模な加速装置や専用建屋が必要となることから普及が進まなかった。そこで,2016年からQSTでは,QSTに既存する装置(重粒子線が治療装置HIMAC)を約1/40(面積比)に小型化する量子メスと呼ばれる次世代重粒子線がん治療装置の開発を産官学連携で進め,2030年の実用化を目指している。
量子メスに導入される革新的な2大技術の1つである超伝導技術を利用したシンクロトロンは,すでに実証機の製作段階にある。2大技術のもう1つ,レーザー・プラズマ加速を用いた新型イオン入射装置の開発を,QST関西研が主体となって進めている。
今回,連携企業等との共同で「レーザー装置」「イオン加速部分」「イオン輸送部分」の3つの要素を統合し,レーザー駆動イオン入射装置の原型機を完成した。研究グループは,今後の統合試験を通じて,実証機製作に必要なデータが集まることが期待され,量子メス開発はいよいよ最終形の設計に向け大きく前進するとしている。