量子科学技術研究開発機構(QST)は,ナノテラス円型加速器への3GeV電子の入射・蓄積に成功した(ニュースリリース)。
光速に近い速度で走る電子が磁石等でその軌道を曲げられたときに発生する,非常に輝度の高い「放射光」X線利用は1990年代に本格化した。ナノテラスは物質や生命の機能をナノレベルで可視化し,学術及び産業界における研究開発の仮設検証サイクルの促進に貢献する「巨大な顕微鏡」として期待されている。
研究グループは,線型加速器で生成した3GeV高密度電子ビームの円型加速器へ向けた輸送を開始し,円型加速器に入射して約300周回させることに成功した。その後,電子ビーム入射軌道の詳細な調整と共に,蓄積用の新型加速空胴の調整を行ない,入射した3GeV電子が円型加速器を周回し続ける電子蓄積に成功し,電子ビームモニタ用の放射光も観測した。
最新の円型加速器設計であるMBA(Multi-bend achromat)ラティスを国内で初めて採用し,周長を大幅短縮して建設コストを削減すると共に,高輝度性能の指標となる電子ビームエミッタンス1.1nmradを実現する。
綿密な設計に基づき総数約400台の精密電磁石を開発・製作して円型軌道上に0.05mm以下の高精度かつ高密度で設置する技術,電子蓄積用の新型加速空胴や円型加速器へ電子ビームを精密に入射する技術,円型加速器の周回軌道上に沿った112箇所で電子ビーム軌道を0.1mmの高精度かつ高速で測定する技術等の開発を集中的・効率的に進めることで,3GeV電子蓄積に1.5ヶ月早く成功し,ユーザー運転に向けた蓄積電流の増強に十分な時間を確保することに貢献した。
ナノテラス円型加速器での3GeV電子蓄積の成功は,目標の高輝度放射光源性能達成に向けた大きなステップ。円型加速器で現在蓄積された電子数は数億個であるが,最終目標は数千倍の数兆個。ただし,電子数増大は手順を踏んで徐々に行なう必要があり時間を要する。蓄積電子数を増やすと放射光強度も増大する。
研究グループは,今後,蓄積電流を増やすための真空焼出し運転を行なうとともに,より安定に電子蓄積を行うための詳細調整を進め,挿入光源から初めて放射光X線を発生させるファーストビーム,さらには令和6年度の運用開始に向けて加速器システムのブラッシュアップを進めるとしている。