東北大学,東京大学,高エネルギー加速器研究機構は,鉄とスズのアモルファス薄膜を用いた実験とモデル計算で,主に結晶で議論されてきたバンドトポロジーの概念が,各種応用に適したアモルファス状態でも有効であることを初めて明らかにした(ニュースリリース)。
トポロジカル半金属と呼ばれる物質群で発現する異常ホール効果や異常ネルンスト効果が次世代センサや素子の原理として注目を集めており,これらの効果の起源として,結晶構造のもつ特別な対称性とその結果生じる特別な電子状態が盛んに議論されている。
優れた物性を示す結晶性物質が相次いで発見される一方,応用に適したアモルファス(例:アモルファスシリコン太陽電池,電界効果型薄膜トランジスタ)は,トポロジカル物質科学の対象とは見なされていなかった。
原子配列に長距離秩序が無く,長距離の秩序を有する結晶を前提とするバンドトポロジーの電子状態に基づく考え方を適用できないため,アモルファス試料におけるトポロジカル物性に関わる基礎的理解は進んでいなかった。
今回研究グループは,ガラス基板上への室温スパッタリング蒸着で均質なFe–Snアモルファス薄膜を作製し,様々な組成の試料を系統的に評価した。この試料はほぼアモルファス領域のみで構成されるため,結晶領域の寄与を排除して議論できる。
作製した試料は,汎用的な構造評価の範囲では結晶の特徴を示さず,一般的基準ではアモルファス状態に区別される一方,異常ホール効果と異常ネルンスト効果の測定においては,カゴメ格子結晶のFe3Sn2やFe3Snに匹敵する高い値を示した。
特に,磁気熱電変換素子としての性能に直結する異常ネルンスト係数は,これまでにトポロジカル物質群で報告されている最高値クラスの2.0V/Kを示した。原子配列の短距離秩序に着目した結果,アモルファス状態でも最近接原子間距離程度のごく短いスケールでは,カゴメ格子結晶の構造的特徴をもつ短距離秩序が存在することを突き止めた。
さらに,これらの構造パラメータを反映した理論モデルとして,アモルファス状態を小さなカゴメ格子の“破片”の集合体として扱うフラグメントモデルを新たに開発し,Fe–Snアモルファス薄膜の大きな異常ホール効果および異常ネルンスト効果が,カゴメ格子結晶で報告されている効果と共通のメカニズムで理解できることを初めて明らかにした。
この結果は,アモルファス状態の短距離秩序にもバンドトポロジーの寄与する物性を発現させる機構が潜んでいることを示唆するもの。研究グループは,トポロジカル物質の枠組みを大きく広げるだけでなく,センシング技術の高度化にも寄与する成果だとしている。