北海道大学と東京大学は,リング状分子1,3-シクロヘキサジエン(CHD)が化学反応の基本法則の一つであるウッドワード・ホフマン則に従い開環する過程を,フェムト秒軟X線吸収分光により解明した(ニュースリリース)。
CHD中の結合が切れる際,リング面外に飛び出ているC-H結合の捻じれる方向は逆旋方向と同旋方向の二つあり,ウッドワード・ホフマン則はその方向を予言する。有機合成化学においては,捻じれ方向で異なる生成物が合成されるため,捻じれ方向の予言は実用上重要となる。しかし,反応は超高速に進行するため,これまで反応経路の検証は行なわれていなかった。
有機分子を構成する炭素原子の1s軌道に存在する電子による軟X線吸収は結合状態に敏感なため,研究グループは,開環の際の捻じれる方向に応じて吸収エネルギーが異なる可能性があることに着目し,時間分解軟X線過渡吸収測定装置により研究した。
ポンプ光により化学反応を開始し,遅延時間をつけた軟X線プローブ光で変化を観測するポンプ・プローブ法により,CHDの熱的開環反応の進行をフェムト秒の時間分解能で捉えた。軟X線プローブ光はフェムト秒近赤外レーザーパルスを使って発生する。これらの実験手法は世界最先端のレーザー技術となる。
反応経路を区別するための吸収エネルギーは,高度な量子化学計算により固有反応座標を求め,反応経路上の軟X線吸収スペクトルを計算し実験結果と比較した結果,ポンプ光照射後340~500フェムト秒の間,吸収エネルギーが高エネルギー側へシフトすることが分かった。
量子化学計算から,逆旋過程の経路上において吸収は高エネルギー側へシフトする一方,同旋過程では低エネルギー側へシフトすることが示され,実験結果との比較から逆旋過程を経由して開環していることがわかった。これはウッドワード・ホフマン則の予言と一致し,予言通り反応が進行することを世界で初めて観測した。
この結果は,炭素原子の軟X線吸収スペクトルは,有機化学反応のメカニズムの解明のための敏感のプローブになり得ることを意味しており,最先端のレーザー物理技術と量子化学計算の融合の成果とだとする。
化学反応過程を解明するための研究はこれまでも盛んに行なわれてきたが,研究グループは,軟X線吸収分光は新たな視点を与え,新しい観測技術と計算化学の進歩によりこれまで想像の域を出なかった反応過程を明らかにすることができるとしている。