日本原子力研究開発機構は,「磁気の波の真空に潜むエネルギー」の存在を理論計算で示し,そのエネルギーが「磁石を薄くしたときに生まれるエネルギー」であることを明らかにした(ニュースリリース)。
現代の情報化社会において,磁気デバイスの更なる小型化が求められているが,磁気デバイスの素材となる磁石をナノスケールにまで薄くしたとき,磁気の強さなどがどのように変化するかは,これまでよくわかっていなかった。
そこで,薄くした磁石の性質を調べるために,「磁気の波」について考察した。この磁石の中を伝わる「磁気の波」は,磁石が薄くなるほど量子力学的な性質が重要となる。通常,波が存在しない場合,波のエネルギーは存在しない。
一方,磁気の波の場合,波が一つも存在しない真空(磁気の波の真空)であっても,磁石の種類によっては,「磁気の波の真空に潜むエネルギー」が存在する。この「磁気の波の真空に潜むエネルギー」は,量子力学において「ゼロ点エネルギー」と呼ばれる。
ゼロ点エネルギーのエネルギー量は膨大となることが予想されており,ゼロ点エネルギー「全体」を観測することはできない。そこでエネルギーは基準点からの「差分」のみが意味を成すことに着目。すなわち,ゼロ点エネルギー「全体」を観測することはできないが,ゼロ点エネルギー「全体」からの「差分」は観測することができる。
研究は,ゼロ点エネルギーが存在する二種類の磁石,1つは磁気の波を桁違いに遠くまで伝搬し磁気情報を伝えることができることから「奇跡の磁石」とも呼ばれるイットリウム鉄ガーネット,もう一つは内部の磁気情報を強固に保つ「沈黙の磁石」の一種である酸化クロム(III)に着目した。
そして,各々の磁石の中を伝わる磁気の波の量子力学的な性質を反映させた理論を構築し,厚い磁石から薄い磁石に厚さを変化させたときの「磁気の波の真空に潜むゼロ点エネルギーの差分」が光の波の「カシミア効果」に相当するものであることをつきとめた。
この差分は,磁石が薄くなればなるほど大きくなるため,「磁石を薄くしたときに生まれるエネルギー」と解釈される。また,酸化クロム(III)は外部からかけた磁場の影響をうけにくいため,差分も磁場の影響をうけないことを明らかにした。このように酸化クロム(III)は薄くなっても,内部の磁気情報を強固に保つことができる。
一方,イットリウム鉄ガーネットは,外部から磁場をかけることで磁石としての強さを制御することができるが,差分の効果を利用することで,その制御性をさらに高めることができることを理論的に明らかにした。この制御性の高さは酸化クロム(III)にはない。
この成果は,磁気デバイス小型化に重要な基礎原理であり,研究グループは,情報化社会の発展に貢献するものだとしている。