自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)と慶應義塾大学は,極限環境耐性生物であるクマムシに緑色蛍光タンパク質(GFP)などの外来遺伝子を発現させることに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
⽔は⽣命にとって必須だが,クマムシは周辺環境が乾燥すると「乾眠」と呼ばれる無⽔状態になる。この状態のクマムシはさまざまな極限的なストレスにも耐えることができ,宇宙空間への曝露後も⽣存することができる。
18世紀にこの現象が発⾒されて以降,どのようにして無⽔状態になり,また,復帰できるのかに興味がもたれてきた。このような乾眠を可能にする分⼦メカニズムを明らかにするため,これまでにクマムシのゲノム解読やクマムシ固有タンパク質の解析が行なわれてきたが,クマムシ個体や細胞に対してGFPなどの外来遺伝⼦を導⼊する⽅法がこれまで存在しなかったため,解析は⾮常に限定的なものに留まっていた。
研究では,クマムシに外来遺伝⼦を導⼊するために,クマムシのゲノムから各種の遺伝⼦の発現に必要な領域を抽出して,クマムシ特異的な遺伝⼦発現ベクターを新たに開発し「TardiVec(Tardigradevector クマムシのベクター)」と名付けた。
マイクロインジェクションなどを⽤いてこれらをクマムシに直接導⼊したところ,クマムシ細胞内で発現ベクターが機能し,GFPなどの外来遺伝⼦が発現することが分かった。TardiVecは由来となる各遺伝⼦の発現組織も維持しており,この特性を利⽤してクマムシ固有遺伝⼦が,クマムシの全⾝で等しく発現しているのではなく,組織特異的な発現パターンをもっていることを初めて⽰した。
乾眠状態のクマムシは給⽔により15分ほどで活動を開始する。このような驚くべき能⼒をもつクマムシは,⾷品などの⽣体保存のよい⼿本であると考えられる。開発したTardiVecは,クマムシ細胞内にGFPなどの外来遺伝⼦を発現させることにより,タンパク質の挙動をリアルタイムで観察することを可能にした。
また,細胞内環境をモニタリングできるタンパク質を発現することも可能であり,これまで世界の誰も⾒たことのない,クマムシの脱⽔・給⽔におけるダイナミックな変化を追いかけることも可能になったという。
研究グループは今後,TardiVecを⽤いて,クマムシの細胞内や⾝体全体で実際にどのような変化が乾眠の過程で起きているのかを観察することで,脱⽔に伴って⽣命活動を⼀時停⽌させるメカニズムを明らかにしていきたいとしている。