理化学研究所(理研)と電気通信大学は,多価イオンの新分光手法「時間分解プラズマアシストレーザー分光」を実証し,原子のエネルギー準位のごく小さな分裂である超微細構造の観測に成功した(ニュースリリース)。
多数の電子が剥ぎ取られた高電離状態の原子である「多価イオン」(多価陽イオン)は,そのエネルギー準位構造に相対論的量子力学や量子電磁力学の効果が色濃く反映されるため,非常に興味深い分光実験対象とされているが,多電子重元素多価イオンのレーザー分光は手付かずの状態だった。
今回,初めて実証した新分光手法「時間分解プラズマアシストレーザー分光」では,まず磁場を用いて空間的に圧縮した電子ビームで構成される実験室プラズマであるEBITを用いて目的の多価イオンを生成する。
プラズマ中では,原子と電子が頻繁に衝突している。その衝突過程を何度も繰り返すことで,逐次的にイオンの電離が進み,多価イオンとなる。また,電子と多価イオンの衝突は、電離だけではなく多価イオンの励起にも寄与する。
励起された多価イオンは,自然放出による脱励起(輻射)過程を経て,基底状態か寿命の長い準安定状態となる。この準安定状態の多価イオンにパルスレーザーを照射し,寿命の短い別のエネルギー準位(準安定状態)へと励起させることで,レーザー誘起蛍光(LIF)を観測する。
EBITが常時保持できる多価イオンの数は多くても10万個程度と少なく,プラズマ中ではあらゆる波長の発光が一定の強度で常に生じているため,目的のレーザー誘起蛍光の強度を増やすには,適切な多価イオンを実験対象として選定し,そのエネルギー準位構造とプラズマ中の励起および緩和過程を理解した上で,寿命の長い準安定状態のイオンの数が多くなるプラズマ環境にEBITの運転条件を調整する必要がある。
今回の実証実験では,ヨウ素-127(陽子数および電子数53,中性子数74)の7価イオン127I7+(電子数46)を採用し,生成されたイオンのうち10%以上が準安定状態になる条件で実験を行なった。また,時間分解計測が可能な自作の極端紫外分光器を用い,プラズマ中の発光のうちレーザー誘起蛍光成分のみを分離して検出する実験装置を整えた。
その結果,レーザー照射後10μs以下の短い時間に特定の波長(25nm)で生じる発光信号を感度良く観測することに成功した。また,特殊なプラズマ条件を採用して,別の分裂要因であるゼーマン分裂を抑えたことで,レーザー分光スペクトル上に多電子重元素多価イオンの超微細構造由来の分裂を観測した。
研究グループはこの成果が,次世代の原子時計として期待される多価イオン原子時計の開発に向け,貴重な測定値を提供するものだとしている。