総合科学研究機構(CROSS),東北大学,東京電機大学,山梨大学,独・仏研究グループは,量子スピン液体の候補物質として長年研究されてきた分子性有機物質2κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3で,特定の分子格子振動の減衰状態が6Kを境に急激に変化することを初めて発見した(ニュースリリース)。
向きを揃えようとする力が強く働いているのに,温度を下げてもスピンの向きが揃わずに量子力学的に揺らいだ状態は量子スピン液体状態と呼ばれ,量子コンピュータなどへの応用が期待されている。
分子性有機導体κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3は,量子スピン液体候補物質として注目を集めてきたが,「6K異常」と呼ばれる様々な物性異常が6Kで起こる一方,その物性異常の起源は不明だった。
一般的に有機導体は大きな単結晶が得ることが難しい為,中性子非弾性散乱を用いた格子振動の観測は例外的な物質のみに限られていたが,研究グループは,電子誘電性を示す分子性有機導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Cl について10mgの単結晶試料から世界で初めて電子誘電性と結合した格子振動の観測に成功している。
研究では,合計47個(総重量~27mg)のκ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3単結晶の結晶の軸を10度以内に揃えた試料に,世界で最も強い中性子線束を誇る分光器を用い,初めて明瞭な中性子非弾性散乱による格子振動のシグナルを得た。
実験では,BEDT-TTF分子二量体のbreathing(息継ぎ)モードと考えられるE=4.7meVの光学モードが6K以上で強い過減衰状態にあり,6K以下では急激に線幅が装置分解能程度まで狭くなり,常減衰状態に変化する振る舞いを観測した。
このモードは,κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Clとκ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3で共通して,パイ電子の状態変化と密接に関係しており,パイ電子とbreathingモードの結合はダイマーモット分子性有機導体に共通する性質だと明らかになった。
また,この温度変化を二量体内の電荷の偏りを考慮した理論モデルと比較することにより,6K以下ではこれまで議論されてきた量子スピン液体状態ではなく,BEDT-TTF分子が四量体を組むスピン一重項状態が6K以下で形成されることが示唆された。
分子性有機導体は,多彩な性質を示す柔らかいエレクトロニクスデバイス材料として注目を集めている。電子誘電性やスピン状態の量子的変化を示す分子性有機導体において,パイ電子の電荷やスピンと結合する共通の格子励起が観測されたことで,研究グループは今後,更に格子と協調した分子性有機導体研究の加速が期待できるとしている。