理研ら,電子が質量を失って液晶になる物質を発見

理化学研究所(理研),名古屋大学,英マンチェスター大学,総合科学研究機構は,バリウムとニッケルの硫化物BaNiS2において,質量を持たない電子(ディラック電子)とあたかも液晶のように振る舞う電子が共存していることを発見した(ニュースリリース)。

結晶構造が特別な幾何学的対称性を持つ物質や,電子状態がトポロジー的に非自明な物質では,電子の質量がゼロになることがある。一方,電子間の斥力相互作用(電子相関)が強い遷移金属化合物では,高温超伝導やさまざまな磁性など,非自明で役に立つ現象が観測される。

これらの対称性・トポロジーに立脚した物質の研究と電子相関の研究は,現代物性物理の二大潮流だが,それぞれの効果が著しい物質は異なっている場合が多く,両者の共存・競合を研究することは困難だった。

今回,国際共同研究グループは,BaNiS2では,質量を失ったディラック電子と電子相関によって生じた液晶のように方向性を持った電子(電子ネマティック状態)が共存していることを走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)を用いた実験とその理論解析から明らかにした。

電子ネマティック状態の探索には,STM/STS装置には高い空間分解能が要求される。また,電子ネマティック状態に特徴的なエネルギーを特定するための高いエネルギー分解能,さらに,測定が数日以上の長期間を要するため,その間に観察視野がドリフトしない高い安定度も必要となる。

そこで,理研で独自に開発した高い空間分解能を持つSTM/STS装置を1.5K(約-271.6℃)という極低温で動作させると共に,熱膨張によるドリフトの影響を取り除いた。これにより,電子ネマティック状態の有無を議論できる高品質のデータを初めて取得した。

これにより,質量のないディラック電子と電子相関で生じた電子ネマティック状態がBaNiS2を舞台として共存することが明らかになった。しかし,BaNiS2では,電子相関の効果がまだ弱く,ディラック電子との協奏効果は明らかではない。ニッケルをコバルトで置換すると電子相関の効果が増大することが知られており,未知の電子状態の実現が期待できるという。

BaNiS2のディラック電子には結晶構造の対称性が関係しているが,電子状態のトポロジーに関係したディラック電子も存在する。この場合,質量がゼロであるだけでなく磁気的性質も特異で,超伝導との協奏によってマヨラナ準粒子が生み出されることが予測されているという。

研究グループは今後,対称性・トポロジーと電子相関が両立する物質のバリエーションが増えれば,量子計算をはじめとするさまざまな分野の発展に役立つだろうとしている。

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