産業技術総合研究所(産総研)は,世界最高の電子移動度を特長とする可視から近赤外帯域まで高透過なフレキシブルフィルムを開発した(ニュースリリース)。
自動車や監視用カメラには,着雪防止や防曇のため透明ヒーターが必要とされている。また,近赤外光センサーでは,近赤外線波長帯域での高い透光性および導電性を実現できる材料の開発が望まれている。
今回,研究グループは,樹脂基材の上に微量の水素(H)とセリウム(Ce)を共添加した非晶質酸化インジウム(In2O3:Ce,H 以下ICO:H)の透明導電膜を,基材に熱ダメージを与えずに結晶化させる技術を開発した。
従来のICO:Hは,成膜時に結晶化を抑制する微量の水蒸気を導入することで非晶質の前駆体薄膜を形成し,その後150~200℃で熱処理し結晶化することで高い電子移動度を発現させていた。しかし,加熱条件によって樹脂基材の変形,変色など,耐熱性の問題が生じることがある。
そこで,熱処理の代わりに紫外線エキシマレーザー照射による光結晶成長技術を用い,粒径の大きな結晶を成長させるために前駆体薄膜の形成条件やレーザー照射条件,そして,結晶化時に発生する微細なクラックを減らすために透明導電膜層から基材層への熱伝達や双方の熱膨張差を制御することで,フレキシブル高移動度透明導電フィルムを実現した。
その結果,レーザーを照射した膜では表面全体が直径約2µmの結晶で覆われており,PETに白濁などのダメージが起きていないことを確認し,市販のITOフィルム(低抵抗品)の電子移動度の6倍以上となる世界最高の高電子移動度133cm2/Vsを確認した。また,市販のITOフィルムと比べて電子密度が1/4でありながら,高い電子移動度により抵抗率もさらに改善した。
特に1000nm以上の長い波長帯域で透光性が高いことが確認できた。高感度な次世代LiDARでは,長波長の1550nmのレーザー光の利用が検討されており,そのようなセンサーの透明ヒーターに好適となる。
波長950~1700nmの近赤外線カメラで撮影すると,ICO:Hフィルムでは透光性が高く,フィルム越しに裏面の文字が明瞭に認識できた一方,市販のITOフィルムは黒く着色して視認性が著しく低下した。
波長1550nmのLED光を直接受光した場合と比較し,市販のITOフィルム越しでは37%減衰したのに対し,開発したICO:Hフィルム越しのロスは6%だった。
研究グループは,ICO:Hフィルムを用いて透明ヒーターやフレキシブル太陽電池を作製し,寒冷地等での過酷な使用環境下における実証試験を進め,社会実装に向け取り組むとしている。