名古屋大学,産業技術総合研究所,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は, 小惑星リュウグウの表層から探査機「はやぶさ2」が採取し持ち帰った粒子の熱拡散率を計測し,その熱物性的特徴を明らかにした(ニュースリリース)。
探査機「はやぶさ2」が,小惑星リュウグウから持ち帰った総量約5.4 gの粒子状サンプルの分析結果は,リュウグウが現在の姿になった過程や,地球・海・生命の原材料間の相互作用と進化を解明するなど,太陽系科学の発展への貢献が期待される。今回研究グループは,物理的特性である熱拡散率と比熱容量の評価を担当した。
熱拡散率と比熱容量および密度を組み合わせることで,さまざまな熱物性値が換算できる。例えば,熱伝導率と比熱容量は,リュウグウの初期天体の内部で起きうる化学反応と,物質形成をシミュレーションするために用いられ,熱慣性は現在のリュウグウの温まりやすさや冷えやすさを解析するための重要な値となる。
しかし,熱拡散率の評価のために提供された試験片は,わずか数mm角程度の小さな塊であり,一般的な測定手法では対応できない。さらに,試験片は熱物性の評価だけでなく他の特性や組成分析にも共有されることから,計測時の人為的な汚染物質の混入を避けなければならない。したがって,数mm角の不定形の試料の熱拡散率の測定には,加工を一切せずセンサー類も設置しない手法が必要だった。
名古屋大では,独自の熱拡散率測定法としてロックインサーモグラフィー式周期加熱法を開発してきた。この手法は,試料の表面のスポットに周期的にレーザーを照射し,試料裏面への熱の伝搬を温度分布としてサーモグラフィーで計測する。そしてレーザー加熱と同じ周波数で時間変化する温度を選択的に抽出して時間応答の分布を可視化する。その時間応答分布を解析することで,面内および厚さ方向の熱拡散率の分布を計測することができる。
一方,産総研では,スポット状に形成したレーザー光を周期的に試料に照射し,試料背面の赤外輻射光を,高感度かつ高空間分解能のInSbセンサーを精密走査して計測するスポット周期加熱放射測温法を開発してきた。この技術は放熱性グラファイトシートの評価手法として日本産業規格(JIS)に取り入れられるなど信頼性の高い熱拡散率計測手法として確立されている。
その結果,両機関で不確かさの範囲内で一致した熱拡散率を得た。 熱拡散率から求められた熱慣性は,物質の熱しやすさや冷えやすさを表す。計算された熱慣性は,リュウグウの表層よりも3倍以上大きく,リュウグウ表層内には熱遮蔽効果を持つ多数の亀裂の存在が示唆された。これらのデータはリュウグウの形成のシミュレーションに用いられるほか,太陽系の成り立ちの解明につながることが期待されるとしている。