東京大学の研究グループは,生体を透過しやすい赤色光(650nm以上)により,薬剤(反応性が高いラジカルやアルデヒドなど)を放出できる新たな光がん治療法の原理を提案し,この薬剤と,光によって活性化された酸素分子(活性酸素)の協働効果により,がん細胞を死滅させることに成功した(ニュースリリース)。
光がん治療法(光線力学的療法:PDT)は,光エネルギーで活性化される光感受性物質の化学反応によって腫瘍を選択的に治療する。
一般的には,生体組織透過性が高く,身体の内部に届きやすい赤色光の照射によって生成する活性酸素でがん細胞を攻撃するメカニズムが用いられており,正常な組織への影響が少なく,身体への負担が軽減された治療として実施されている。
また,抗体を利用した光がん治療法(光免疫療法)は,より高機能な光感受性物質の開発も期待されているが,光線力学的療法は,酸素分子を活性酸素とすることでがん細胞を攻撃するため,①プログラムされた細胞死であるアポトーシスを誘導しづらいこと,②腫瘍組織の低酸素領域では治療効果が低いことなどの課題を有していた。
研究グループは,低酸素の条件下でもさまざまな生体分子と反応できる薬剤を,赤色光により放出できる光がん治療法の新原理を提案した。新たな光感受性物質として,赤色光を吸収するフタロシアニンに,アルキル基を有する有機金属錯体を組み合わせた「有機金属フタロシアニン」を開発した(金属にはロジウムを採用)。
光源には赤色ナノ秒パルスレーザーを用いた。この「有機金属フタロシアニン」が,室内光下では安定でありながら,赤色ナノ秒パルスレーザー光の照射によって,さまざまな生体分子と反応し,アポトーシスを誘導するアルキルラジカルやアルデヒドなどの薬剤を放出できることを見出した。
この反応は,「有機金属フタロシアニン」が極めて短い時間内に二つの光子を吸収(二光子吸収)した後に,その金属-炭素結合が開裂することによって進行する。ヒト腫瘍細胞株であるHeLa細胞に対する「有機金属フタロシアニン」の毒性を調べた結果,特定の濃度において光照射による殺細胞効果を示すことが明らかとなった。さらに細胞死パターンを分析し,アルキルラジカル/アルデヒドの光放出が細胞死に寄与することが示された。
アルキルラジカル生成は酸素濃度に依らず進行し,かつ周辺の正常細胞にダメージを与えにくいアポトーシスを誘導することから,新たな光がん治療法としての応用が期待できるという。また,有機金属錯体のアルキル基部分にさまざまな薬剤を導入することが可能なことから,研究グループはドラッグデリバリーシステムとしての発展も期待できるとしている。