東京大学,加ブリティッシュコロンビア大学,米コーネル大学,中央大学,米ジョンズホプキンス大学,英バーミンガム大学は,磁化をほとんど持たないにもかかわらず,室温で巨大な異常ホール効果を示す反強磁性体Mn3Snにおいて,一軸性の歪みによって異常ホール効果の符号が制御可能であることを実証した(ニュースリリース)。
反強磁性体はスピンの応答速度が強磁性体の場合に比べて100~1000倍速いということのみならず,磁化が非常に小さいため素子化した際に漏れ磁場の影響を受けないという特性を持つ。
そのため,不揮発性メモリの有力候補である磁気抵抗メモリ(MRAM)に応用することにより,テラヘルツ帯(ピコ秒台)で超高速駆動する,超高密度なMRAMの実現が期待できる。その一方で,磁化が非常に小さいという上記の利点は,反強磁性体への情報の書き込み(信号の制御)が困難であるという課題にもなっていた。
今回研究グループは,反強磁性体における巨大なピエゾ磁気効果を室温で実現するとともに,通常は磁場で制御される異常ホール効果の符号を結晶の歪みで制御することに初めて成功した。
通常,異常ホール効果などの電気輸送特性に観測可能なほどの変化をもたらすには,1%程度の歪みが必要だが,今回,0.1%程度の非常に小さな歪みで異常ホール効果のつくるホール信号を変化させることに成功した。さらに符号まで反転する振る舞いが観測され,ノンコリニア反強磁性体Mn3Snでは歪みにより信号が非常に高効率に制御できることが分かった。
今回の研究により見いだされた一軸性の歪みを用いた高効率な信号の制御手法は,磁場や電流といった従来の磁性体における信号の制御手法を補完するものであり,反強磁性体のスピントロニクス技術への応用展開の幅を広げる成果となるもの。
この研究で開発された歪みによる反強磁性体の磁気状態の高度な制御技術は,ホール信号の電気的制御をより高速,低消費電力で実現するための重要な指針となる。研究グループは今後,MRAMをはじめ,さまざまな磁気デバイスの高機能化に関する研究にこの技術が展開されることが期待されるとしている。