大阪大学の研究グループは,高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて,遺伝子発現を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質の詳細な1分子構造動態を計測することに初めて成功した(ニュースリリース)。
ヒトの細胞の核の中にある染色体にはおよそ30億もの塩基対からなるDNA配列に膨大な遺伝情報が含まれており(全長約2m),転写因子は,その中からわずか数塩基対(約10億分の1m)に結合して遺伝子発現を制御するが,特定の遺伝子をどのように探し出して制御するかは大きな謎だった。
この謎を解く重要な鍵として,多くの転写因子が二量体という2つの分子がペアを形成することが関わっていると推測されていたが,その二量体の形成の仕組みは良く分かっていなかった。
そのような中,近年,藻類の中で枝分かれに関与する転写因子が発見され,更にその分子を改変したPhotozipper(PZ)と呼ばれる転写因子は光を使って分子の動作をコントロールできたことから,研究グループはこの分子に着目して研究を行なった。
高速AFMでPZ分子を計測したところ,光を受容するLOVドメインと呼ばれる球状の構造部分と,DNAに結合するbZIPドメインと呼ばれる紐状の構造部分を詳細に観察することができた。暗所ではPZの単量体分子はbZIPがLOVに付いた構造をしていることが分かった。
そこで,PZ分子へ光をあてたところ,LOVからbZIPが離れてLOVのまわりをbZIPの紐状構造が揺らいでいる様子が観察できた。更にこれらの分子はお互いに衝突すると結合し,二量体を形成した。転写因子のこのような構造変化や分子動態の計測は世界で初めての成果だという。
これらの計測をもとにPZの二量体について更に詳しく調べた結果,暗所よりも明所で形成される二量体の方が安定してペア構造が維持されていることが明らかとなった。LOVとbZIPには二量体を形成する際にそれぞれ結合しやすい部分があることが示されている。
前述で発見した光照射下でのPZの分子構造変化により,その結合しやすい部分が露出したことで安定な二量体が形成されたと考えられるという。このように分子の構造変化が二量体形成に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
研究グループは,二量体形成の仕組みの重要な要素を明らかにしたこの成果は転写因子全般の機能解明の突破口となることが期待されるとする。またヒトには疾患に関わる転写因子も数多く存在しているため,高速AFMを応用することで,医学・創薬などへの波及効果も期待されるとしている。