高エネルギー加速器研究機構(KEK),総合科学研究機構(CROSS),茨城大学,大阪大学,国際基督教大学は,全固体リチウム(Li)電池の負極材料として研究されているスピネル構造のLi4Ti5O12中のLiイオンの拡散運動を,ミュオンスピン回転緩和(μSR)法により調べ,負極材料内のリチウムイオンの拡散を明確に捉えた(ニュースリリース)。
リチウムイオン電池のイオンの拡散係数は電池の性能を決めるうえで重要視されており,従来は電気化学的な測定で求められてきた。しかし,材料固有の拡散係数は,材料の組成や電極サイズなどの測定条件に大きく依存するため,実際に使用するリチウムイオン電池の電極材料の拡散係数を電気化学測定では得ることはできない。
研究で用いたミュオンスピン回転緩和(µSR)法はリチウムイオン電池のリチウムイオン拡散に適した時間スケールを有する方法。また,µSR法は磁性元素を含むあらゆる元素に対して適用することができ,リチウムイオンの拡散を捉えることができる。加えて,ミュオンの透過性を活かせば,電池作動下で非破壊測定ができる。
しかし,リチウムはそもそも動きやすい元素であり,これまでの正ミュオンを用いたµSR実験ではリチウムイオンの拡散と思われる現象が見えていたものの,材料中でより質量の軽いミュオンが拡散しておりリチウムイオンの拡散を検出していないのではないか,という疑問があった。
そこで研究グループは,酸素原子位置に捕獲され静止する性質を持つ負ミュオンを用いた,負ミュオンスピン回転緩和(−µSR)法も併用して,拡散種がミュオンではなくリチウムイオンであることを特定することにした。
研究グループは,Li4Ti5O12中のリチウムイオン拡散を調べるために,正ミュオンによるµ+SR測定と負ミュオンによるµ−SR測定を行なった。それぞれ温度100-400Kの範囲でデータの取得を行なったところ,µ−SRにおいて観測された内部磁場の揺らぎ速度(ν)は200K以上で温度上昇とともに増大する様子が捉えられた。そしてその熱活性化エネルギーを0.08(5)eVと決定した。
この結果はµ+SR測定で得られた値と一致した。すなわち正ミュオンを用いたµSR 法で得られた内部磁場の揺らぎはLi拡散に起因することを証明した。リチウムイオンの自己拡散係数は室温において8(2)×10-12cm2/s と求められた。これは従来の報告値と矛盾しないが,温度依存性が小さいことが明らかとなり,負極材料として非常に優れている材料であることを示した。
この実験によりµSR法は電池材料の性能理解や評価に有用であることが再確認された。研究グループは,この成果がさらなる高効率電池に向けた研究や新しい材料開発に貢献できるものとしている。