理化学研究所(理研)は,スピン情報を単一原子の精度で物質に注入し,その後の情報損失を可視化する計測に成功した(ニュースリリース)。
これまでの研究で,電流によるスピン情報の読み出し,書き込みなど本質的な機能が実現されてきた一方,物質に注入されたスピン情報が,原子レベルの局所環境(試料品質)に大きく依存して喪失(スピン緩和)されることも明らかになっている。
しかし,スピンの挙動を調べる手段として広く利用されてきた光学測定は,光の波長程度の空間分解能に理論限界が存在するため,それよりも小さいスケールで生じるスピン緩和は未解明のままブラックボックス化されていた。
今回研究グループは,半導体GaAsの個々の表面原子に対してスピン注入を行ない,その応答を発光情報から評価することで,原子レベルの局所環境とスピン緩和の関係を詳細に調べた。
GaAs表面では,Ga原子上に表面状態が局在することが知られている。そこでまず,表面状態を避けるためにヒ素(As)原子上でスピン注入を行なうと,右回りと左回りの円偏光が応答発光として観測された。
この発光強度の差は光が円偏極していることを示しており,注入するスピンの向き(磁石におけるNSの向き)を反転して実験を行なうと,反対向きの円偏極となる。そのため,この結果は注入したスピン情報が発光情報として抽出されたことを示している。この発光の円偏極率(15.3%)は,理論解析と比較すると,GaAsのバルク状態でスピン緩和が生じた場合の結果と同程度となることが明らかになった。
次に,原子精度で探針を制御することで,個々の表面原子に対してスピン注入を行ない,応答発光の円偏極率を画像化した。ここから,Ga原子上における円偏極率は,As原子上と比較して約40%低下することが明らかになった。この結果は,原子スケールのスピン注入位置の違いで,異なるスピン緩和プロセスが生じることを意味しているという。
Ga原子上には,表面状態が局在していることを考慮すると,バルク状態よりも強いスピン緩和が表面状態で生じた結果,Ga原子上で低い円偏極を示したと結論できる。このように,スピン偏極STM発光分光法を用いることで,個々の電子状態間のスピン緩和強度を原子スケールで可視化することが可能になった。
この成果は,従来の光学限界を超えた空間分解能でスピン緩和の調査が可能となることを示しており,表面状態以外にも,半導体の原子欠陥や不純物に伴うスピン緩和も可視化できる。研究グループは,これまで未解決となっていた極微スケールのスピン緩和の原因を明らかにでき,効率的なスピン伝達を実現するデバイス開発に貢献するとしている。