電気通信大学の研究グループは,太陽コロナ(上層大気)に存在する特殊なイオンを実験室で生成することに成功した(ニュースリリース)。
太陽における物理現象の解明のため,太陽観測衛星「ひので」には可視光・磁場望遠鏡(SOT),X線望遠鏡(XRT),極端紫外線撮像分光装置(EIS)の三つの観測装置が搭載されており,光球から太陽コロナ層にわたる同時観測を行なえる。
特にEISでは,太陽コロナに存在する多価イオンが発する極端紫外スペクトルを調べることで,温度や密度など太陽活動に関する重要な情報を得ている。しかし,スペクトルからこうした情報を正しく読み取るためには,そのスペクトルを発する多価イオンの性質を実験室で詳しく調べ,評価する必要がある。
研究グループは,太陽コロナに存在する多価イオンを実験室で生成し,その極端紫外スペクトルを測定した。多価イオンの生成方法には複数の種類があるが,研究では電子ビームイオントラップ(EBIT)を用いた。EBITは選択的に多価イオンを生成可能であり,また電子ビームのエネルギーや電流を自由に制御できることから,プラズマの物理状態に関する数理モデルの評価に適している。
天体プラズマの理解には,プラズマの温度や電子密度などの情報が不可欠となる。そこで今回,「Tokyo-EBIT」と,EBITの基本構造はそのままに,10+程度の価数の多価イオンの観測を目的とした「Compact EBIT(CoBIT)」の2種類のEBITを用いて,太陽フレアの電子密度の診断に重要とされるAr13+(Ar XIV)の波長187.96Åと194.40Åのスペクトル強度比,および波長257.37Åと243.79Åの強度比の電子密度依存性を求めた。
求めた実験値を,プラズマの電子密度診断に用いられる衝突輻射モデルを用いて計算した強度比の電子密度依存性と比較し,このモデルの評価を行なった。その結果,いずれも理論値と良い一致を示し,太陽コロナ中で3×106K以上の高温領域に対して,Ar XIVの観測スペクトルと衝突輻射モデルの比較による天体プラズマの電子密度診断が有用であることが分かった。
これにより,測定した多価イオンのスペクトルを太陽観測衛星ひのでを用いて観測することで,フレアを含む太陽コロナの活動的な領域を解読することが可能になる。特に,未だ原因が特定されていない加熱現象の原因究明に有用な電子密度などのデータが得られると期待されるという。
研究グループは今後,Ca XVなど更に高温の領域に有用なイオンのスペクトルを調べ,より広い温度範囲におけるモデルの評価を行なうとしている。