東京大学,大阪大学,茨城大学らは,セリウム・アンチモンが示す「悪魔の階段」の相転移において,多極子と呼ばれる局在スピン・軌道と強く相互作用する伝導電子が準粒子として振る舞う「多極子ポーラロン」を発見した(ニュースリリース)。
金属では結晶中を動きまわる伝導電子が電気的・磁気的な性質を支配するが,結晶格子を成す原子など伝導電子を囲む環境との相互作用を通して動きにくくなることがある。
この場合,伝導電子は実効的に質量が増大したような粒子(準粒子)として振る舞う。準粒子の形成は超伝導などの量子物性現象をもたらすため,準粒子を特徴付ける相互作用を理解して制御することは物質科学で最も重要な要素の一つ。しかし,これまで実験で観測されてきた準粒子を発現させる相互作用は3種類(電子格子相互作用,電子スピン相互作用,電子プラズマ相互作用)に限られていた。
研究グループは,膨大な数ある磁性体の中で最も複雑な磁性を示す物質の一つであるセリウム・アンチモンに注目。通常の磁性体と異なりセリウム・アンチモンでは,強いスピン軌道結合によって,希土類元素セリウムイオンの局在スピンと局在電子軌道の複合自由度が磁性を担い結晶中で綺麗に整列する。
さらに,その磁気配列は通常の磁性体と比較して20倍もの超長周期性を示し,17ケルビンから8ケルビンまでの狭い温度範囲で配列周期が7回も次々と移り変わる。この異常な相転移現象は,その複雑さから「悪魔の階段」として呼ばれる。
研究グループは,超高分解能レーザー光電子分光,レーザーラマン分光,中性子散乱分光などさまざまな手法を用いて,「悪魔の階段」で変化する伝導電子の振る舞いを高精度に調べた。
その結果,本来自由に動き回るはずの伝導電子が局在スピン・軌道との相互作用を通して準粒子を形成していることを突き止めた。局在スピン・軌道と相互作用を通した準粒子はこれまでに観測された例がなく,この研究によって新しい準粒子「多極子ポーラロン」として発見された。
さらに,「悪魔の階段」における準粒子の温度変化を追跡する測定を行なった結果,超長周期配列の変調に合わせながら相互作用の強さを自在に変えていることを明らかにした。40年以上も謎だった「悪魔の階段」の発現メカニズムが,「多極子ポーラロン」の特殊な振る舞いが要因であることを明らかにした。
研究グループはこの成果により,スピントロニクスデバイスへ向けた磁性材料設計の新たな展開が期待できるとしている。