高エネルギ-加速器研究機構(KEK)は,長パルス超伝導線形加速器と蓄積リングとを組み合わせた新しい放射光源のアイディアを提案した(ニュースリリース)。
シンクロトロン放射光の光源加速器と実験装置では,主にX線領域において,放射光の輝度と空間コヒーレンスが著しく向上している。
しかし,その性能を実現するために,加速器の設計と運転に多くの制約が課せられている。汎用性と先端性,柔軟性のすべてを同時に実現するためには,新しい光源設計のアイディアを導入する必要となる。
そこで研究グループは,使い勝手を優先した設計の蓄積リングを基本とし,入射器として長パルスの超伝導線形加速器を組み合わせた,ハイブリッドリングを考案した。ハイブリッドリングでは,従来型の蓄積ビームからの放射光に加え,リングの一部分(2/3 周)に入射器からの超高性能電子ビームを一度だけ通過(シングルパス)させ,そのビームからの放射光も利用する。
線形加速器からのシングルパスビームを使えば,ビームサイズやパルス幅,ビーム繰り返しといった蓄積リングでは変更困難なパラメータに対する柔軟性も得られ,さらに,蓄積ビームからの放射光と組み合わせることで,放射光2ビーム同時利用も可能となる。
長パルス超伝導線形加速器は,線形加速器としては極めて大電流のビームを効率的に出力することが可能。パルス的にRF(加速に用いる電磁場)を投入するため,熱負荷を小さく抑えられる。
一方,1パルス内で多数の電子バンチを加速できるため,平均電流を大きくできる。海外の先端的な自由電子レーザー施設では実用化されており,蓄積リングに比べて格段に性能の高い電子ビームを安定して発生させるという。
線形加速器からの電子ビームの性能を損なうことなく輸送してリングを通過させるためには,蓄積リングの設計に工夫が必要だが,蓄積リングで採用されている設計に改良を加えることで,それが可能であることが明らかになった。
ハイブリッドリングにおいて可能になる放射光2ビーム同時利用は,人工光合成,太陽電池,光触媒などの研究に役に立つ。サンプル全体の大域的な遅い変化を蓄積ビームからの通常の放射光で観測しつつ,界面や相境界における局所的な速い変化をシングルパスビームからの超高性能な放射光で観測すれば,光化学反応の解明に貢献できる。
また,放射光2ビームをポンプ・プローブとして利用すれば,シングルパスビームの極短パルス放射光で次世代の磁気記録媒体への応用が期待されている磁気スキルミオンを生成し,通常の放射光で測定することにより,磁気スキルミオンの生成と制御に関する原理の解明にも貢献できる。
研究グループは,今後ハイブリッドリングの詳細設計を進めるとしている。