日本電信電話株式会社(NTT)と仏パリ・サクレー大学,フランス原子力庁,ネール研究所,物質・材料研究機構は,世界で初めて単層グラフェンにおいて巨大な反磁性効果を観測することに成功し,幾何学的位相(トポロジー)が果たす役割に関する新たな実験的な知見を得た(ニュースリリース)。
グラフェンのディラック点における巨大な反磁性は60年以上前から理論的に予言されていた。
理論では,温度ゼロかつ不純物が存在しない理想的なグラフェンで,反磁性がディラック点において無限大になることが示されていた。一方,実際の実験は必ず有限温度で行なわれ,また素子には必ず不純物が存在することから,その実証には至っていなかった。
近年,物質の持つバンド構造によって作り出される幾何学的位相は,トポロジカル物質など新奇物質群においても重要な役割を果たしていることが明らかにされてきている。このため,量子物性現象での幾何学的位相が重要な役割を果たしている代表例として,グラフェンにおける反磁性の実験的観測が待ち望まれてきた。
研究グループは,六角窒化ホウ素によりグラフェンの両面を保護することにより,極めて清浄なグラフェン素子を作製した。このグラフェン素子を,GMR効果を利用した磁気センサの上に配置し,反磁性応答の測定を行なった。
反磁性応答が生じると,グラフェン内の電子軌道の回転による磁場が作り出されるが,この磁場のグラフェン面に平行な成分がGMR素子に用いられている強磁性体薄膜の磁化の向きを変化させる。GMR素子では,素子を構成する2層の強磁性体薄膜の磁化の相対的な向きにより抵抗が変化するため,反磁性応答を電気信号の形で観測することができる。
実際の測定ではグラフェンに垂直方向の磁場を印加しながらGMR素子の抵抗変化を測定することで,グラフェンの反磁性応答により作り出される磁場を電気的に観測した。測定結果から,ディラック点での極めて大きな反磁性応答が生じることを証明することに成功した。また,この測定結果は実際の実験系を考慮した理論モデルと明瞭に一致することが分かった。
グラフェンにおける反磁性応答の観測に成功したことにより,物性現象における幾何学的位相の果たす役割の重要性が実験的に証明された。研究グループは今後,トポロジカル物質を始めとした他の新奇物質群に今回の手法を応用することにより,新奇物性の発見・解明を加速させるとしている。