東京大学と日本気象協会は,人工衛星を用いて観測された大気中の水蒸気同位体比のデータを,水同位体を含んだ大気大循環モデルによる推定と組み合わせる「データ同化」を行なうことで,水蒸気同位体比そのものだけでなく,大気中の気温や風速の予測精度が改善することを世界で初めて実証した(ニュースリリース)。
対流圏の水蒸気輸送過程は,降水過程に直結する重要な要素であり,そのメカニズムの理解が進むとともに,今後の天気予報の精度向上に貢献できる可能性がある。
今後,衛星による観測データ数の増大や同位体大気モデルの性能向上を図ることで,線状降水帯の予測精度向上など、より大きな改良が期待される。また,水の同位体比は,過去の気候の変遷を復元するための最重要の手がかりであり,その挙動の究明にも大きな期待が寄せられている。
研究グループは,欧州人工衛星MetOp(Meteorological Operational Satellite Program of Europe)に搭載された分光センサーIASI(Infrared Atmospheric Sounding Interferometer,赤外線大気探測干渉計)から水蒸気同位体比の実測データを得て,データ同化実験を行なった。
具体的には,2013年4月1日から4月30日まで,IASIの水同位体比観測値のみをデータ同化した実験(DA)と,データ同化しない無観測実験(NA)とを行ない,比較した。その結果,データ同化期間においては,実際に観測された水蒸気同位体比をデータ同化することで,水蒸気同位体比だけでなく気温を含む多くの気象変数の解析精度が向上していることを実証することができた。
また,実際の気象予報での運用を想定して,水蒸気同位体比を一定期間データ同化したあと,大気の状態を一週間予測する実験を行なった。より具体的には4月1日から4月30日までデータ同化して,5月1日以降の一週間を予測したものと,4月1日から4月22日までデータ同化したあと,4月23日からの一週間を予測したもので行なった。
その結果,いずれの場合も,何もデータ同化していないよりも良くなったが,より長い期間をデータ同化した前者の実験の方が改善度が大きいことも分かったという。
研究グループは今後,より観測データを増やしたり,モデルの性能を高めたりすることや,どのような状況でどのような効果が得られるのかを詳細に調べていくことで,例えば,台風や線状降水帯など,極端現象の予測性能の向上に繋がる可能性もあるとしている。