高輝度光科学研究センター(JASRI),熊本大学,物質・材料研究機構,東京大学は,磁性材料の基本材料である純鉄の磁気コンプトン散乱スペクトルにベイズ分光を適用し,磁気コンプトン散乱測定時間を20分の1に短縮してもこれまでと同様の精度で磁気モーメントを決定できる新しい解析法の開発に成功した(ニュースリリース)。
磁気コンプトン散乱は左右円偏光X線を用いて得られるスペクトルの差分で定義され,そのスペクトルにはスピン磁気モーメントとそれを構成する3d・4s電子軌道に関する情報が含まれている。
スピン磁気モーメントは,磁石の強さを表すもので,スペクトル強度を積分することで得られる。3d・4s電子軌道の形状という情報は,スペクトルを成分分解することで得られる。このように磁気コンプトン散乱を測定することにより,磁石などの磁性材料の磁気的な強さが分かり,磁性材料の高性能化が可能となる。
磁気コンプトン散乱のシグナルは非常に弱く,上記情報の十分なスペクトルを得るのに非常に時間がかかる測定だが,試料内部までの電子状態が観測できる唯一無二の方法となっている。そのため,そこで得られる情報の精度を落とさず測定時間を短縮化する方法の開発が望まれている。
今回,研究グループは,ベイズの定理に基づくベイズ分光を,磁気コンプトン散乱スペクトルの解析に適用し,測定者が要請した精度で,物理量(今回の場合はスピン磁気モーメントの大きさ)を求めるための測定時間を決定した。
これまでの解析法では物理量の精度を推定することができなかったが,ベイズ分光によりこれが可能となり,その精度に到達すれば,測定を終了するという枠組みを構築することができた。この枠組みを用いることで,スピン磁気モーメントの大きさを小数点第2位の精度で評価するには従来の測定時間の20分の1で十分であることが分かった。
このことは,従来約1日かかっていた測定が1時間程度で済むことを示している。これによりさまざまな条件で作製された多数の材料の測定が可能となるため,材料の作製条件の最適化への指針を得ることができ,磁性材料の研究開発が促進されることが期待されるとする。
また,今回の解析方法は測定時間を人に頼らずにコンピューターが自動決定できる手法でもあり,研究グループは,今後自動測定システム開発に重要な役割を果たすと期待している。