理化学研究所(理研),豊田理化学研究所/早稲田大学は,機械学習を用いた高精度手法により,幾何学的フラストレーションのある量子スピン系の解析を行ない,「量子スピン液体」相を発見・確証し,存在領域を特定した(ニュースリリース)。
量子スピン液体は基礎物理と応用の両面で重要な量子現象だが,量子スピン液体相が実際に存在するかどうか,また存在した場合にどのような性質のスピン液体なのかは,長年議論されてきたものの,いまだに決着していない。
研究所グループは,世界最高精度でスピン配置間のエネルギー競合を捉えるため機械学習技術を用いた。具体的には,人工ニューラルネットワークの一種である制限ボルツマンマシンを学習に用いた。さらに物理の分野で使われる関数を用いて,あらかじめ重要な量子もつれを取り込み,機械学習の能力をより高度な量子もつれの学習に振り向けた。
高度な量子もつれの学習のためにさまざまなスピン配置パターンを生成し,そのデータをもとに学習した結果,高精度で量子スピン間のもつれを捉えることに成功した。
この手法を,2次元正方格子上の量子ハイゼンベルグ模型に適用した。最近接スピン間の相互作用と次近接スピン間の相互作用は,それぞれ,ネール型,ストライプ型のスピン配置を好み競合する。計算の結果,それらが最も競合する領域において,スピンの液体状態,すなわち,強く量子もつれしている量子スピン液体が実現することが示されたという。
異なる相の境界を決めるにあたっては,絶対零度の状態から決める方法と励起状態の構造から決める方法の2種類があり,これらは相補的で同じ物理の表裏の関係にある。今回,この二つの最先端の相図決定手法が一致し,結果の信頼性の確立にさらに貢献した。
また,その量子スピン液体状態における励起構造を調べたところ,スピンが分裂してスピノン励起が形成され,ディラック型の線形分散を持つという描像とぴったり整合する。これらは,量子スピン液体では,分数化した励起が独立した粒子のように振る舞う特別な励起構造を持つことを強く示唆するものだという。
電子は真空中では素粒子と考えられているが,物質中では分裂して新たな機能を持った粒子による多体現象を生み出すという今回の結果は,物質制御の広大な可能性の一端を示す。
量子スピン液体相を示すスピン模型が見つかったことは,量子スピン液体を現実の物質で実現するための有用な指針を与える。また,量子スピン液体相において発現すると考えられるスピノンというスピンが分裂した特殊な粒子は,量子コンピューティングにおける量子計算への応用が期待できるとしている。