東北大学,九州大学,京都産業大学,独ケルン大学,産業技術総合研究所は,電子構造の全貌を明らかにする新しい解析方法を開発し,トポロジカル絶縁体における,相対論的ディラック電子の質量を正確に決定した(ニュースリリース)。
物質中の電子は相互作用しあいながら集団で運動し,その物質に固有のエネルギー状態である「バンド構造」を持つ。バンド構造を実験的に直接決定できる唯一の方法として,光によって物質表面から電子を叩き出す「外部光電効果」を利用した「角度分解光電子分光(ARPES)」が,高温超伝導体の超伝導機構解明や新しいトポロジカル物質の同定などにおいて先導的な役割を果たしてきた。
一方で,ARPESによって得られたデータから,いかにして本質的なバンド構造と相互作用を抜き出すかについては,電子構造を特徴づける膨大な数のパラメータの値を全て決定することが困難であるとともに,複数の候補モデルから妥当なものを選別できる手法が確立していなかったため,これまでたびたび物性発現メカニズムの論争が生じていた。
今回,研究グループは,この論争を決着するため,統計学的手法である「ベイズ推定」に着目。ベイズ推定による解析を適用するターゲットに「トポロジカル絶縁体」を選択した。
トポロジカル絶縁体は,内部(バルク)は絶縁体であるのに対して,その表面には相対論的ディラック電子が存在して金属的に振る舞う。研究グループはこの「ディラック電子に有限の質量が有るか無いか?」という10年以上も未解決のままである根本的な問題に注目した。
そこで,トポロジカル絶縁体TlBi(S,Se)2に対して,ベイズ推定を用いた電子構造の解析を行ない,モデルの持つ559個のパラメータの値を全て決定することで,ARPESデータを極めてよく再現する解析結果を得た。さらに,2種類のバンド構造のモデルのどちらが妥当かを統計的に評価し,ディラック電子に質量が有ることを明確に示した。
また,電子に働く多体相互作用の完全決定にも成功し,ディラック電子と物質内部のバルク電子との間で強い散乱が生じていることを突き止めた。
この研究で確立したベイズ推定によるARPESデータ解析法を用いれば,これまでグラフェンや磁性トポロジカル物質などにおいて論争が繰り広げられているディラック電子質量の問題に加え,高温超伝導体における多体相互作用と超伝導メカニズムの関連など,物性発現機構に直結する幾つかの本質的な問題を解決できると期待されるとしている。