理化学研究所(理研)は,「30cm2/Vs」を超える極めて高いキャリア移動度(移動度)かつ低電圧で駆動できる有機半導体材料を発見した(ニュースリリース)。
有機半導体材料は,フレキシブルエレクトロニクスや環境エレクトロニクスへの応用が期待されている。しかし,無機半導体材料と比較したとき,キャリア移動度(移動度)が低いという課題があった。
研究グループは,既にメチルチオ基(-SMe)を有機半導体骨格中へ位置選択的に導入することで,結晶中での有機半導体分子の分子配列を制御できることを明らかにしている。これらの知見を基に,ペリ縮合多環芳香族炭化水素であるピレンに四つのメチルチオ基が導入された既知の分子メチルチオピレン(MT-pyrene)に着目し,その構造と半導体特性を調査した。
母体のピレンは,サンドイッチ・ヘリンボーン構造と呼ばれる電荷輸送には不適な構造を与える。これに対し,MT-pyreneでは,母体ピレンとは大きく異なる「二次元π積層構造」と呼ばれる分子配列へと変化することを見いだした。
MT-pyreneを半導体材料として有機電界効果トランジスタを作製したところ,26個の素子の平均で32cm2/Vs(最高37cm2/Vs)の極めて高い移動度を示した。さらに,トランジスタは数ボルトの低い電圧で駆動できるだけでなく,急峻なスイッチング特性を持ち,MT-pyreneが半導体材料として非常に優れていることが分かった。
一般的な有機半導体結晶中での電荷輸送は,移動度が低いホッピング伝導だが,実験で得られた移動度の値から,MT-pyreneでのキャリアの移動は,結晶中を広がった波として伝播する「バンド伝導」であると予想され,実際に,MT-pyreneが有機半導体としては例の少ないバンド伝導を示す材料であることを確認した。
これらの実験結果(高移動度,低電圧での駆動,急峻なスイッチング特性)から,MT-pyreneがこれまでに知られている中で最も優れた有機半導体材料の一つであることが明らかになった。
今回の研究成果は,合成が容易であるMT-pyrene分子が,有機半導体材料として非常に高いポテンシャルを持つことを明示しており,フレキシブルなディスプレイやIDタグなど,さまざまなデバイスへの応用が期待できるもの。
加えて,材料分子の分子構造が簡単であっても,分子設計により結晶構造中での分子配列を適切に制御することで,従来の有機半導体の特性を大きく凌駕する材料を開発できることを示しているとしている。