東京学大学の研究グループは,シロイヌナズナの核ゲノムに新しいゲノム編集遺伝子を導入し,葉緑体ゲノムの特定の塩基のみが別の塩基に置き換わった植物体を作出することに成功した(ニュースリリース)。
植物の葉緑体は,細胞核とは異なる独立したゲノムを持っている。これらの遺伝子を改変し植物の光合成能力を高めることができれば,食糧供給問題の解決やバイオ燃料の増産に貢献できる可能性がある。
しかし,外来遺伝子を葉緑体ゲノムに挿入する従来の葉緑体ゲノム改変技術は適用できる植物種が限られ,作られた植物体も遺伝子組換え生物に該当する。また,ゲノム編集を行なっても,細胞内に1,000コピー以上も存在するとされる葉緑体ゲノム全ての遺伝子コピーを改変できるのか,疑問視されていた。
研究ではまず,人工制限酵素platinum TALENのDNA結合ドメインに葉緑体移行シグナル配列と,DNA塩基のシトシン(C)をチミン(T)という別の塩基に変換する酵素とを融合させたゲノム編集タンパク質(ptpTALECD)の設計図となるDNAを,モデル植物シロイヌナズナの核ゲノムに導入した。
植物の細胞内で作られたptpTALECDタンパク質は,これに付加した葉緑体移行シグナルにしたがって葉緑体の中へ運ばれ,二つのTALEドメインが葉緑体ゲノム上の標的DNA配列に結合する。
すると,二つのTALEドメイン結合配列にある特定のCがTに変換され,最終的に一細胞あたり1,000コピー以上あると言われる葉緑体ゲノムの特定のCが全てTに変換された植物体を得ることに成功した。
一般にゲノム編集技術を用いる際には,標的部位以外にも変異が入るオフターゲット効果が問題になることがある。そこで,今回得られた植物体の葉緑体ゲノム全体解読した結果,オフターゲット効果は総じて少なく,変異の程度も低いことが明らかになった。
次に,導入した変異が後代に遺伝しているかどうかを調べるために,特定の塩基が完全に置換された7系統の自殖後代のDNA配列を解読したところ,7系統全てで変異が安定して遺伝していた。
この中には,親の核ゲノムに導入したptpTALECDの設計図となるDNAが分離・消失し,核ゲノム中に外来DNAを持たない個体も存在した。このような個体は日本などでは遺伝子組換え生物としての取り扱いの適用外であり,作物の品種改良への応用に大きな利点となるという。
核ゲノムへのDNAの導入は,従来の葉緑体ゲノムへのDNAの導入と比べて多くの植物種に適用できるため,この成果は植物科学の基礎研究と作物生産の応用展開の両面への貢献が期待されるとしている。