北海道大学,東京大学,関西大学は,酸化鉄を用いた巨大な負のトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)を実現した(ニュースリリース)。
トンネル磁気抵抗効果(TMR効果)は,スピントロニクス分野の根幹をなす重要な現象で,多くのデバイスで活用されている。多くは金属磁性体を用いたものであり,酸化物磁性体の活用を目指した研究が進められている。特に,代表的な鉄の酸化物であるFe3O4は大きな負のスピン分極率を持つと期待されるが,これまで大きなTMR効果は観測されていなかった。
研究グループは,エピタキシャル成長による高品質な結晶性多層膜作製技術と,酸化鉄の組成の詳細な制御により,Fe3O4の高いスピン分極率を十分に引き出せる可能性を検討した。そこで,酸素雰囲気中で鉄を蒸着して酸化鉄薄膜を作製する反応性分子線エピタキシー法の酸素圧力を精密に制御することで,Fe3O4の単結晶薄膜を作製した。
さらに,通常の金属系のTMR素子で大きな効果を示す酸化マグネシウムをトンネルバリア層として採用し,Fe3O4/MgO/Feという構造のTMR素子を作製し,磁気抵抗効果の測定とその温度変化を調査した。
また,様々な酸化物を持つ酸化鉄の中でFe3O4であることを確認するためにシンクロトロン分光によるX線磁気ニ色性分光を,また理論的な立場からその電気伝導特性を理解するために密度汎関数法による電子状態計算を行なった。
研究の結果,80K(−193℃)において−55.8%の負のTMR効果を実現した。これは正のTMR効果を示す素子におけるTMR効果の定義に換算すると,‐126%に相当する。酸化鉄を用いてこのような巨大なTMR効果を報告した例はなく,Fe3O4の高いスピン分極率を初めてTMR効果で示した。さらに作製時の酸素圧力によって,TMR効果の温度依存性が大きく異なることを見出した。
理想的なFe3O4は120K(−153℃)付近でフェルべ転移と呼ばれる相転移を起こすこと,またその転移はFe3O4の組成に非常に敏感であることが知られている。実験で観測されたTMR効果は温度の低下とともに増大したが,最適な酸素分圧で作製された素子はフェルべ転移を越えて温度低下するとTMR効果は減少に転じた。
一方,最適条件からずれた素子の示すTMR効果は増大を続けた。このことはフェルべ転移が TMR 効果に大きな影響を及ぼすとともに,その制御がTMR効果の制御に直結することを示しているという。
研究グループは,酸化鉄はありふれた材料であり,有限な資源の保全に寄与するほか,酸化物半導体などと組み合わせることにより,新規なエレクトロニクス素子開発への道筋が開かれるとしている。