東京大学は,ブラックホール外側の光子球面上で周回する光子の相関関数が発散して無限大となり特異点を生み,物理的予言と矛盾するという従来指摘されてきた問題を,超弦理論の考え方に基づき光子を点粒子ではなく閉じた弦として考えることで解決できることを理論的に明らかにした(ニュースリリース)。
イズン・テレスコープ(EHT)は,おとめ座方向の楕円銀河M87の中心にある超大質量ブラックホールの観測画像を世界に公表し注目を集めた。
この時公表された画像には,ブラックホールの影と影の周囲を囲む光の輪の様子が捉えられていた。この光の輪は,ブラックホールに対して水平方向に入ってきた光が,その重力によって引き付けられてブラックホールの周囲を通って進むことのできる境界面にあたり,光子球面と呼ばれる。
量子論で素粒子を点粒子として扱う際に,ある地点の粒子がある別の地点に伝搬する確率を測る相関関数が重要となる。2つの点を真っ直ぐ結ぶ光のような軌道を描く際には相関関数が発散し無限大となる特異点を生み出す。平坦な時空においては,特異点を生み出すこの唯一独特な軌道の存在は許されている。
しかし,時空が曲がっている時には,2点を結ぶ多くの軌道が存在する可能性がある。これはつまり,ブラックホールの強い重力によって時空が曲げられることで,光によっては光子球面上を何回も周回する軌道を描くことを説明している。
しかし,光子球面上を周回した後に通り過ぎていく光の相関関数が発散し無限大となって特異点を生み出すことは,物理的な予言と矛盾してしまい,この矛盾が素粒子論の問題として従来指摘されてきた。
今回研究グループは,超弦理論の考え方に基づき光子を点粒子ではなく閉じた弦として考えることで,この問題を解決できることを理論的に明らかにした。超弦理論では,全ての粒子を弦の特定の励起状態とみなし考える。
粒子を点ではなく大きさを持った弦とすることで,ブラックホール近くを通過する際に粒子は重力の働き方の差異で生まれる潮汐効果によって弦が引き伸ばされ,引き伸ばされたことをきっかけとしてブラックホールから遠ざかる際に今度は振動を始める。この効果によって,物理的な期待と矛盾せずブラックホールの光子球面上を周回する光子の相関関数は無限大とならず,特異点は生まれないことを示した。
この結果は,ブラックホール周辺の重力の強い特殊環境下での超弦理論で記述される弦の振る舞いを知る手がかりとなる成果の一つであり今後の発展が期待されるものだとしている。