京都大学は,高強度のテラヘルツパルスをハライドペロブスカイト半導体CH3NH3PbI3に照射すると,光励起キャリアのエネルギー損失速度が小さくなる現象を発見した(ニュースリリース)。
ハライドペロブスカイト半導体は,安価で簡便な合成が可能でありながら非常に高い光電効率を持つ。半導体中に光励起されたキャリアは,電子格子相互作用(フォノンによる非弾性散乱過程)によってエネルギーを失い冷却される。しかし,このエネルギーが損失する前(キャリアの冷却前)の高エネルギー状態のキャリア(ホットキャリア)を効果的に利用できれば,従来の効率限界を超える太陽電池を実現できる可能性がある。
特にハライドペロブスカイト半導体では,ホットキャリアの寿命が長いことが知られており,その背後にあるメカニズムとして,この物質特有の柔らかい格子構造に由来する特殊なフォノンモードとキャリアの相互作用が議論の焦点となっている。しかし,これまでの可視・赤外光を用いた分光法からは,フォノンの果たす役割について間接的な情報しか得られていなかった。
研究では,太陽電池材料として期待されているCH3NH3PbI3において,1THz付近の低いエネルギー領域にフォノンモードが存在することに着目。超短パルスレーザー光源を用いて発生した高強度テラヘルツパルスによって共鳴的にフォノンを励起し,これが光励起キャリアの高速な緩和ダイナミクスに与える影響を時間分解発光スペクトルの測定から調べた。
その結果,テラヘルツパルスを照射すると発光スペクトルが高速に変化し,キャリア温度が過渡的に上昇する現象を発見した。この現象は,試料中にキャリアが存在しない条件でも観測され,フォノンの直接励起がホットキャリア形成を引き起こしていると考えられるという。
さらに,テラヘルツパルスの励起強度を上げると,形成されたホットキャリアの冷却にかかる時間が長くなることが観測された。一連の結果は,キャリアがフォノンを再吸収する過程によってキャリア冷却が遅くなる効果(ホットフォノンボトルネック効果)を,テラヘルツパルスによるフォノン励起によって直接的に引き起こすことで,ホットキャリア寿命を長くすることに成功したことを意味する。
この結果は,ペロブスカイト半導体の光電特性においてフォノンが果たす役割の重要性を明らかにしただけでなく,通常受動的な熱浴(エネルギーの受け皿)としてしか扱われないフォノンを,新たな自由度として能動的に利用することでキャリアの状態を操作できることを示す。今後はフォノン励起を積極的に利用した新たな光電デバイスの開発が期待されるとしている。