東京工業大学と独ハインリッヒ・ハイネ大学は,植物の光合成を制御するレドックス制御機構(酸化還元状態に応じてタンパク質の酵素活性を調節する分子機構)の生理的な役割を調べるため,光合成酵素のひとつNADP-リンゴ酸脱水素酵素(MDH)の制御スイッチをゲノム編集技術で破壊し,この制御機構の植物における重要性を明らかにした(ニュースリリース)。
光合成を行なう葉緑体には,変化する自然環境に応じて光合成に関わる酵素の活性を調節する「レドックス(酸化還元)スイッチ」が備わっている。葉緑体の代謝機能は環境変化によって変動するため,葉緑体内のいろいろな酵素の活性を変化に応じて調節することが,機能の維持に不可欠と考えられてきた。
そこで「効率的な光合成には酵素活性の調節が重要」との仮説のもと葉緑体のレドックス調節に関する研究が行なわれてきたが,光合成を営む植物が生きていく上で調節機構がどんな役割を果たすのかは明らかになっていなかった。
この仮説を検証するため,研究グループはMDHのレドックススイッチを壊した場合の植物の代謝への影響を調べた。ゲノム編集技術でMDHが2つ持っているレドックススイッチの1つをなくし,暗所でも活性がオフにならない酵素を持つ変異植物を作製した。
この変異植物は暗所でもMDHの働きでNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)の還元型。光合成生物では炭素固定反応の還元力供給源となる)を消費するため生育に不利と予想されたが,生育実験に用いられる標準的な長日条件では野生型の植物と大きな違いが見られなかった。ところが,短日条件や明暗が頻繁に切り替わる変動光条件では変異型の植物は明らかに生育が遅延した。
すなわち,制御スイッチによるMDH活性の制御は,常に周囲の状況が変動する自然環境のような条件下では,葉緑体内の還元物質NADPHの量をあるレベルに保って代謝機能を維持するために重要であるということがわかった。
研究グループは,この研究により緑色植物において,特に自然界のように光条件が常に変化する環境ではレドックス制御が重要であるということを明確に証明することができたことで,今後,植物のレドックス制御の研究が加速すると期待する。
さらに,植物の代謝に直接かかわる制御機構を自由に操ることができれば,今後,農作物や光合成機能を利用したカーボンニュートラルに関わる様々な産業分野にも貢献できるものとしている。