九州工業大学,山口大学,シンガポールNanyang Technological University,印Inter University Accelerator Centerは,白金薄膜中に硫黄イオンを注入することでスピンホール効果の大幅な向上に成功した(ニュースリリース)。
スピンは電子が持つ地球の自転に似た角運動量のことで,上向きと下向きの2種類があり,銅やアルミニウムなどの非磁性体では上向きと下向きの割合は等しく,磁石としての性質は全体として打ち消される。一方,鉄やニッケルなどの強磁性体ではスピンの割合に偏りが生じており,通電によりスピンを帯びた電流(スピン偏極電流)を生成する。
強いスピン軌道相互作用をもつ材料では上向き電子と下向き電子の運動方向を異なる方向に曲げることができる。このような材料に対して横方向に電流を流すと,縦方向にスピン流を生成することができる。このスピン流を磁性体層へ流すと,磁化(スピンの集団的振る舞い)にスピン軌道トルクが作用して歳差運動(強磁性共鳴)が励起される。
この歳差運動の様子を精密に測定することで,電流から生じる磁場トルクとスピン流から生じるスピン軌道トルクの割合を見積もり,電流からスピン流への変換作用であるスピンホール効果の大きさ(スピンホール角)を算出できる。タングステンや白金などの重金属ではスピンホール効果が著しいが,その大きさは0.1程度(効率にて10%)に留まっていた。
今回の研究では,スパッタ法にて作製した白金薄膜に対して,イオン注入技術により白金に対して10%程度の硫黄イオンを打ち込んだ。スピンホール角を評価した結果,硫黄イオンを注入した白金(Pt(S))においては室温で0.276(低温で0.502)となり,白金(Pt)の室温で0.092(低温で0.064)と比較して飛躍的に向上していることが分かった。
また,NiFeの強磁性共鳴における減衰トルク変調実験や,Pt(S)へと流れ込むスピン流を電流へと変換する逆スピンホール効果実験においてもPt(S)のスピンホール効果は大きく向上していることが分かり,現在,報告されている材料系にて世界トップクラスのスピンホール性能をもつ材料の開発に成功した。
研究グループは今回の発見により,スピンホール効果からのスピン軌道トルクを利用した磁化制御技術の進展が可能になり,次世代のMRAMや強磁性共鳴(振動子)ネットワークを利用した人工知能デバイスに関する技術革新に寄与するとしている。