量研ら,「歩き回る水素」をレーザーで可視化

量子科学技術研究開発機構,名古屋大学,カナダ ケベック大学らは,分子内を歩き回る水素原子の姿を直接捉え,化学反応の新しいルートとして注目されているローミング過程を可視化することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

1つの分子が2つ以上の断片に分かれる「解離反応」は,最もシンプルな化学反応の一つ。一般に化学反応は反応物と生成物の間にあるエネルギー障壁を超えることで進む。シュレーディンガー方程式が定式化されて以来,化学反応はエネルギー障壁が最も低いルートを経て速やかに進行する,という考えが定説となっている。

ところが,防腐剤等の材料としてよく知られているホルムアルデヒド分子(H2CO)を対象に,障壁が最も低いルートを通らない新しい反応ルートの存在が2004年に予測された。この反応では,ホルムアルデヒド分子中を水素原子(H)が歩き回り,別の水素原子と結合することで,最終的に水素分子(H2)と一酸化炭素分子(CO)に解離する。

この過程は,水素原子が分子内を歩き回る様子(roaming)から「ローミング過程」と呼ばれ,これまでの化学反応とは異なる新しい分子内反応として注目されている。

今回,研究グループはフェムト秒レーザーを利用して,解離反応の進行に伴って時々刻々と変化するホルムアルデヒド分子の形状を,超高速分光法の1つであるクーロン爆発イメージング法により時間分解計測し,量子力学に基づいた理論計算を行なうことで,世界で初めてローミング過程を可視化することに成功した。

クーロン爆発イメージング法では,分子の振動周期と同程度のフェムト秒レーザー光を分子に照射し,瞬間的に複数の電子をはぎ取ることで分子をイオン化する。イオン化された分子は正電荷を帯びるため,電気的な反発(クーロン反発)により複数のイオン断片に分解する(クーロン爆発)。このときのイオン断片が飛び出す向き・速さを精密に測定すると,イオン化前の分子の形状を知ることができる。

得られた実験結果は,量子力学に基づいた理論計算と比較・検証することでローミング過程に由来することを確認した。さらに,ローミング過程の前段階として起こる脱励起過程が,従来予測された時間の10万分の1の極短時間で進行することを発見した。これらの成果は,化学反応を分子形状の変化や電子の運動エネルギーの変化として観測することで,これまで隠れていた化学反応の詳細を明らかとしたものだという。

研究グループは今後,今回の成果を基に,ローミング過程の全容を解明することで,燃焼反応中の化学組成の予測精度向上や従来の常識にとらわれない化学の実現が期待されるとしている。

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