産業技術総合研究所(産総研)は,可視光に応答する酸化物半導体の光電極に太陽光を照射することで,食塩水や海水などの塩化物イオン(Cl–)を含む水溶液から低い電解電圧で水素と酸素を選択的に製造する人工光合成技術を開発した(ニュースリリース)。
人工光合成技術は,海水や塩水などの塩化物イオン(Cl–)を含む水を反応溶液として用いると,水の酸化による酸素生成と同時に,塩化物イオンが酸化されて次亜塩素酸(HClO)が生成する。HClOは,大規模な水電解水素製造システムではシステムの腐食劣化を促進するため,HClOの生成機構を明らかにし,酸素だけを生成させることができる光電極の開発が求められている。
可視光を吸収できるBiVO4/WO3/FTO光電極は,タングステンイオン,またはビスマスイオンとバナジウムイオンを含む前駆体溶液を導電性ガラス(フッ素ドープ酸化スズ,FTO)の上にスピンコート法で塗布し,大気下で焼成して簡単に作製できる。
今回,このような光電極の上に,マンガンなど各種金属イオンを含む前駆体溶液を塗布し,さまざまな金属酸化物を触媒として修飾した光電極を作製し,塩化ナトリウム(NaCl)を含む反応溶液を用いた電気化学反応システムで,水の還元・酸化による水素・酸素生成能力やCl–イオンの酸化によるHClO生成能力を評価した。
水素発生は対極で進行する。光電極に疑似太陽光を照射すると,何も修飾していない光電極からは酸素とHClOが同時に生成した。一方で,マンガンで表面を修飾した光電極ではHClOがほとんど生成せず,高い選択性(90%以上)で酸素だけが生成し,非常に広範な条件下で選択的にHClO生成を抑制しながら酸素を発生できる非常に特異な元素であることも明らかにした。また,マンガン以外の金属元素を修飾した光電極を用いた場合には,HClOと酸素が生成した。
この挙動は多種多様な共存イオンを含む人工海水でも再現されることを確認した。このマンガンの特異な特性は酸素生成に比べてHClO生成の過電圧が相対的に著しく高くなるというマンガン元素に固有の触媒作用によって発現していることが示唆された。
天然光合成の酸素発生中心もマンガンの酸化物集合体で構成されている。その理由は不明だったが,今回の結果は「生物にとって有害なHClO生成を幅広い条件下で抑制できるマンガンの特異的な性質が酸素発生中心の進化に関与している」という仮説を提唱でき,天然光合成の理解の深化にも貢献するとしている。