東京大学は,光とフォノンの混合状態である表面フォノンポラリトンを用いて窒化シリコン薄膜の熱伝導率を倍増することに成功した(ニュースリリース)。
フォノンには,光学フォノンと音響フォノンの2種類があり,後者が主に熱伝導に寄与する。半導体デバイスの薄膜構造においては,フォノンが薄膜の表面に高頻度で衝突し,ランダムな方向に散乱を受けて移動が阻害され,熱伝導率が大幅に低下する。また,温度が高くなるとの衝突も多くなり,ますます熱伝導率が低下する。
高集積化,微細化された半導体デバイスは放熱が難しいが,薄膜構造においては,光学フォノンが光と結合して表面フォノンポラリトンを形成することで優れたエネルギーキャリアになり,放熱に寄与する可能性がある。
研究では,熱によって薄膜に生じる表面フォノンポラリトンが放熱に寄与し得るかを調べた。試料として厚さ30~200nmの窒化シリコンの薄膜にアルミ薄膜を蒸着した構造を作製し,光を使って非接触で熱伝導計測を系統的,高精度に行なえる高速測定システムを開発した。
次に,表面フォノンポラリトン熱伝導の確実な証拠を得るため,温度が高くなるにつれて熱伝導率が高くなること,および薄い膜ほど表面フォノンポラリトンによる熱伝導率の増強効果が大きくなることを観測した。
熱伝導率は物質の温度が上昇すると熱伝導率が低下するが,厚さ100nmと20nmの薄膜では,その様子が観測された。しかし,厚さ100nmの薄膜では,減少傾向が薄れ,厚さ30nmと50nmの薄膜では,逆に熱伝導率が増加した。これは,表面フォノンポラリトンによる熱伝導が薄膜で重要な熱伝導の担い手となっている確実な証拠であるという。
理論計算でも,薄膜であるほど表面フォノンポラリトンの熱伝導率は大きくなり,高温になるほど増加することが分かった。また,薄膜中のフォノンは,平均自由行程が100nm程度であることに対し,表面フォノンポラリトンは,薄膜の面内寸法で制限される1000倍程度以上の非常に長い平均自由行程を持っていることが分かった。これは,フォノンが光と混合状態を形成し,桁違いに高速で低損失な伝搬を実現したためという。
さらに,室温の値で規格化したところ,厚さ200nmの薄膜に比べ,厚さ100nmの薄膜では表面フォノンポラリトンの熱伝導の寄与が現れ始め,厚さ30nmと50nmの薄膜では,フォノン熱伝導と同等になり倍増することが明らかになった。
研究グループはこの成果により,半導体デバイスにおける放熱問題の緩和が期待でき,デバイスのさらなる高性能化に寄与するとしている。