大阪市立大学,慶應義塾大学,京都大学,独フンボルト大学ベルリンらは,化学修飾した蛍光ナノダイヤモンドによる量子温度計測技術を開発し,成熟した動物(線虫)個体の発熱を世界で初めて直接的に捉えることに成功した(ニュースリリース)。
特殊な環境を必要とせず室温で動作する,ダイヤモンド中の格子欠陥を利用した量子センサーに注目が集まる中,赤く光る蛍光ナノダイヤモンドをナノサイズの温度計として利用する技術が2013年に報告され,実際に温度計として動作することが示された。しかし,この技術をそのまま生きた動物体内でも動作させるためには,更なる計測技術の高速化や精密化が必要だった。
そこで,研究グループは,蛍光ナノダイヤモンドを用いた量子温度計測技術が局所温度を計測できることに着目し,動物体内でも計測可能な技術の開発を行ない,線虫体内の局所温度計測に挑戦した。
研究では,まず,表面を特殊なポリマーで加工した蛍光ナノダイヤモンドを線虫の体内に導入した。この量子温度計測技術では,緑色のレーザーと携帯電話の周波数帯域に近いマイクロ波を照射すると,温度に応じてダイヤモンドナノ粒子からの光の明るさが変化する。
これは「光検出磁気共鳴法」と呼ばれる量子情報技術で発展した技術。この光の明るさの変化を共焦点顕微鏡を用いて読み取ることで,高い空間分解能をもったままナノ粒子周辺の温度が読みとれる。
次に研究グループは,線虫体内で動き回るナノ粒子を追跡して温度測定ができる技術を開発した。蛍光ナノ粒子を線虫体内に導入しても,ナノ粒子は大きく動くため正確に温度を計測する事ができない。線虫体内を動くナノ粒子を追跡しつつ,正確に温度を測定する顕微鏡技術が開発できたことで,線虫内部の温度がリアルタイムでモニタリングできるようになった。
これを受けて,ミトコンドリア内部で引き起こされるエネルギー生成プロセスに代わり,熱生成のプロセスが起こると期待される薬剤を添加したところ,線虫内部の温度が上昇していることを観察することに成功した。
この研究によって,モデル動物の体内という動的で複雑な環境においても量子センサー技術が有効であり,ナノスケールでの精密な温度測定が可能なことが示された。温度を基軸とした生命現象の統合的理解を目的とした「温度生物学」の学問分野に対して量子情報技術が貢献できる道筋を拓いたことになるとしている。