名古屋大学の研究グループは,置換基による安定化を必要としないお椀型近赤外吸収色素を創出した(ニュースリリース)。
ベンゼンやナフタレンに代表されるπ共役炭化水素は,プラスチックや医薬品,液晶,有機発光ダイオードなどの様々な有用物質として広く社会で利用されている。これらπ共役炭化水素のほとんどは蜂の巣を切り出したようなベンゼン環が連なった平面構造をもつ。
一方,近年ではお椀型に曲がったπ共役炭化水素が創出され,これらが未踏機能の宝庫として高い注目を集めている。とりわけ,近赤外光を吸収するお椀型分子が創出できれば,セキュリティプリント材料,光線力学療法薬剤や有機半導体として優れた機能を示すことが期待されるが,その例は限定的だった。
また,近赤外吸収をもつ既存の炭化水素の多くはジラジカル性あるいは反芳香族性とよばれる電子状態を取り込む必要があったが,これらの指針に従って創出されるお椀型炭化水素はいずれも不安定で,安定化のために周辺に嵩高い置換基を導入する必要があった。だが,このような嵩高い置換基は,分子どうしの接近を阻害するため,有機半導体や有機電池といった固体材料としての利用に適さない。
今回,研究グループは,フラーレンC70の部分骨格であるインダセノテルリレンを新たに設計・合成し,これが波長1300nmまでの光を効率的に捕集することを明らかにした。さらに,この新しいお椀型π共役炭化水素は置換基による安定化がなくとも安定に存在することが分かった。
詳細な解析の結果,この分子における近赤外吸収は,近赤外吸収を示す従来のπ共役炭化水素とは異なり,ジラジカル性や反芳香族性とは異なる要因によって発現していることが判明したという。
これまで,お椀型π共役分子は,将来的なスマートマテリアル社会の実現を視野に入れつつ,盛んに創出されてきた。とりわけ,近赤外光を吸収するお椀型π共役炭化水素が創出できれば,セキュリティプリント材料や光線力学療法薬剤,有機半導体として優れた機能を示すことが期待されるが,その例は限られていた。加えて,その設計指針にも制限があり,高い安定性と近赤外吸収という2つの機能の両立は未踏の課題だった。
今回の成果は,置換基をもたずとも安定でかつ近赤外光を吸収するお椀型π共役炭化水素を世界に先駆けて報告する点で意義深いものだという。加えて,置換基が無くとも安定であることは,有機半導体や有機電池といった分子集積状態での活用にとって魅力的。研究グループは,この成果をきっかけに,将来的な革新材料創出に向けた研究が加速することが期待されるとしている。