理化学研究所(理研)と京都大学の研究グループは,原始的な光合成生物である海洋性の「紅色光合成細菌」を用いてクモ糸シルクタンパク質を生産することに成功した(ニュースリリース)。
クモ糸は鋼鉄に匹敵する靭性(タフネス)を示すことから,高い衝撃吸収性が求められる構造材料への応用も期待されており,さまざまな生物種をホスト生物としたクモ糸シルクの生産が試みられている。また,主鎖骨格に窒素を含むシルクの合成には,炭素源や窒素源を安定的に導入可能な生産法が必要とされる。
「紅色光合成細菌」は,カルビン回路による二酸化炭素固定とニトロゲナーゼによる窒素固定を行なうことが知られている。海水と大気中の二酸化炭素および窒素を原材料とし,太陽エネルギーを栄養源として利用できることから,環境負荷の低減という点で理想的な物質生産システムだと考えられる。
そこで研究グループは,海洋性の紅色光合成細菌を用いてクモ糸シルクタンパク質の生産を試みた。まず,ジョロウグモの牽引糸の主成分であるMaSp1タンパク質を合成させるために,MaSp1タンパク質に存在する繰り返し配列の遺伝子を紅色光合成細菌に導入した。この繰り返し配列はクモ糸の強度に重要な働きをすると考えられているという。遺伝子配列を最適化した結果,紅色光合成細菌においてMaSp1タンパク質を合成することが示された。
次に,紅色光合成細菌が生育するのに利用する近赤外域の730nmのLEDを培養光として照射したところ,培養条件の最適化などが課題として残るものの,遺伝子導入紅色光合成細菌を用いて海水,光,二酸化炭素,窒素を利用したクモ糸シルク生産に成功した。
次に,9Lの大型培養槽でMaSp1遺伝子を導入した紅色光合成細菌を培養し,MaSp1タンパク質を精製したところ,約10mgのMaSp1タンパク質が得た。これを溶解して延伸すると,クモ糸様のファイバーが得られた。このファイバーの直径は10~20μmで破断面から内部の繊維状の構造を確認でき,クモ糸シルクタンパク質が天然のクモ糸と同等であることが示された。
研究グループは,海洋性紅色光合成細菌が持つ二酸化炭素固定能や窒素固定能,また,天然資源である海水や光を利用した物質生産システムをさらに改善することにより,原材料にかかるコストの削減,持続可能な社会の実現への貢献が期待できるとしている。