東京工業大学は,ディップコート法(塗布したい物質の溶液に基板を浸漬し,一定速度で引き上げて成膜する方法)と液晶性有機半導体を活用し,有機トランジスタ用結晶膜成膜の超高速化(従来比2,000倍以上)に成功した(ニュースリリース)。
トランジスタ用有機半導体結晶膜は,結晶粒界による電荷輸送の阻害を逃れるため単結晶膜利用が必要と考えられ,成膜技術も単結晶膜の育成技術を中心に開発されてきた。しかし,単結晶膜の成膜は副次的な結晶核の生成を抑えて結晶を成長する必要があり,成膜の速度は数十μm/秒,分速で数mm/分以下であった。
研究グループでは高速で作製の容易な多結晶膜に着目し,液晶物質が示す分子が自発的に配向した凝集相(液晶相)を形成する特質を活用して高品質な多結晶膜の開発に取り組んできた。
その結果,新たに開発した液晶性を示す有機半導体(液晶性有機半導体)Ph-BTBT-10を開発し,結晶粒界による電荷輸送への影響を抑えた高品質な多結晶膜がスピンコート法で作製できることを明らかにした。この多結晶膜は均一性,平坦性に優れ,これを用いたトランジスタは単結晶に匹敵する,10cm2/Vsを超える移動度が実現できる。
今回,Roll-to-Roll形式を視野に,ディップコート法による多結晶膜の形成とその高速化を検討した。その結果,単結晶の育成条件(0.3mm/分)から成膜速度を増加させると,単結晶に類似した一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜(数cm/分),さらに成膜速度を上げると,モザイク状の組織を持つ無配向の多結晶膜(2.4m/分)が得られることを見出した。特に,モザイク状の組織を持つ多結晶膜は容易に基板全面に結晶膜が形成でき,均一性も高いという。
SiO2/Si基板上に作製したこれらの結晶膜を用いたトランジスタを評価した結果,モザイク状の組織をもつ多結晶膜は,一定の結晶方位の揃った大粒径の多結晶膜とほほ同等の4cm2/Vsの高い移動度を示すばかりでなく,配向性をもつ多結晶膜に比べ,移動度の異方性はむしろ小さく,トランジスタの集積化に好都合と分かった。
今回の成膜速度(2.4m/分)は,現有のディップコーターの上限の成膜速度であり,さらに速度が上がる可能性がある。さらに,Ph-BTBT-10以外の液晶性有機半導体でも同様な結果が再現できており,例えばC8-BTBT-C8を用いたトランジスタでは,5.2cm2/Vsの平均移動度を示した。
この成果は,プリンテッドエレクトロニクスの実用化に立ちふさがるハードルの一つを解決するブレークスルーだとしている。