理化学研究所(理研),高輝度光科学研究センター,量子科学技術研究開発機構の研究グループは,市販のグリッド付き熱カソードを用いて,コンパクトかつ高性能で,高い信頼性を持つ電子銃システムを開発し,その性能を実証した(ニュースリリース)。
短波長自由電子レーザー(短波長FEL)を実現するための従来の電子銃システムは複雑で,維持管理に多くの人手を要し,かつコストも高いといった課題があった。研究グループは,市販のグリッド付き熱カソードを用いた高性能電子銃システムの開発を目指した。
制御グリッドは,カソード(陰極)表面の直下流に設置されたメッシュ状の電極。この電極にバイアス電圧を時間的に変調して加えることで,グリッドは短パルス電子ビームを生成するための高速スイッチとして働く。
しかし,カソードから出た電子がメッシュ状電極を通過する際,電子ビームはメッシュのワイヤーとの距離に応じて横方向にキックを受けるため,エミッタンスが低下する。したがってこれまで,グリッド付き熱カソードでは短波長FELを可能にする高輝度低エミッタンス電子ビームを生成できないと考えられてきた。
また,空間電荷効果は電子ビームのエネルギーが低いほど著しくなるため,空間電荷効果を抑制するには,カソードとアノード(陽極)間に加える電圧(電子銃印加電圧)をできるだけ高くした方が良いというのが従来の常識だった。
研究グループは電子ビームがグリッド通過後に進行方向に対して平行にそろう条件を詳細に調べ,従来の常識とは逆に,電子銃印加電圧を50kVと極端に下げると,グリッド通過時に電子ビームが横方向にキックされない条件が得られることを見いだした。この条件は「グリッド透明化」と呼ばれ,グリッドが空間に存在しない状態と等価な状況を意味しているという。
50kVの電子銃印加電圧で生成した電子ビームは50keVと低エネルギーであるため,空間電荷効果により発散し,エミッタンスが容易に低下する。これを避けるため,アノード出口から200mmの位置に高周波加速空洞を設置し,電子ビームを500keVまで一気に加速するシステムを設計した。
このシステム設計に基づきプロトタイプ機を製作して性能を検証した。その結果,0.6ナノクーロンの有効電荷において,1.7mm mradの規格化エミッタンスが得られた。このエミッタンスは,軟X線波長領域のFEL増幅には十分な性能だという。
この研究成果は,短波長FEL施設の建設におけるハードルを大きく下げ,その普及を加速するもの。また,このシステムは,現在東北大学に建設中の次世代放射光施設に導入される予定としている。