分子科学研究所(分子研)の研究グループは,量子力学的な最低エネルギー状態にある気体の原子3万個を0.5ミクロン間隔で格子状に並べて人工結晶を作り,1000億分の1秒だけ光る特殊なレーザー光を照射することによって,気体なのに固体の金属のように,隣り合った原子の電子どうしが重なり合う奇妙な物質を創り出すことに成功した(ニュースリリース)。
固体の金属中では,隣り合った原子の電子どうしが重なり合い結晶全体に広がることによって多数の原子の間を電子が動き回っている。一方,気体の原子の集団では,電子は個々の原子に閉じ込められている。一方,極限まで冷やして動きを止めた気体の原子の結晶を,電子が重なり合う固体の金属状態に突然変化させた物質を創ることは原理的に不可能とされてきた。
しかし,もし創ることができれば,固体中の電子の働きをシミュレートする理想的な機械(量子シミュレータ)として役立つと考えられている。
実験はルビジウム原子を使って行なわれた。まず,レーザー冷却を用いて気体のルビジウム原子3万個を絶対温度1ケルビンの1000万分の1以下の超低温に冷やし,これを光格子と呼ばれる格子状に整列した光トラップ列で0.5ミクロン間隔に並べて人工結晶を作った。さらに,1000億分の1秒だけ光る超短パルスレーザー光を照射し,どのような変化が起こるかを観察した。
すると,隣り合った各々の原子に閉じ込められた電子が,超短パルスレーザー光を吸って0.5ミクロン以上の直径を持つ巨大な電子軌道(リュードベリ軌道)にたたき上げられ空間的に重なり合う様子が観測された。しかも超短パルスレーザー光の波長を微妙に調節することによって,電子の重なり具合を0.05ミクロンの極限的な精度で調節することができた。
これまでの量子シミュレータは原子を固体中の電子と見立てていた。しかしこれだと原子の間に働く力の性質や強さ,あるいは磁場に対する応答などが電子と異なるために,正確なシミュレーションは難しい。
これに対して,今回開発された「金属状の量子気体」を使えば,「電子そのものを使って固体中の電子の働きをシミュレート」することができるので,全く新しい,よりリアルな量子シミュレーションが実現すると期待される。
今回創出した新物質「金属状の量子気体」は,米国・EU・英国・中国・日本など主要国家間で開発競争が激化する「量子シミュレータ」の画期的なプラットフォームとして期待されるとしている。