金沢大学,東京医科歯科大学,理化学研究所の研究グループは,さまざまな測定技術を駆使しながら可視光を吸収できるように設計した有機ホウ素化合物に光照射することで,高い反応性を持つ化学種である炭素ラジカルを発生させることに成功した(ニュースリリース)。
アルキルラジカルは,直鎖や分岐鎖アルカンから成る炭素ラジカルで,合成プロセス後期でも利用可能な反応性中間体。近年,可視光照射下で,有機化合物(ラジカル前駆体)に対して光触媒を反応させることで,温和な条件でのアルキルラジカルの発生が可能となっている。
しかし,光触媒は高価なものが多く,光触媒自身の酸化還元過程を考慮する必要があるため,しばしば化学変換を複雑化する。一方,有機化合物そのものの光物性に着目することで,可視光により直接励起し,アルキルラジカルを発生させる手法も報告されている。この手法は,光触媒を必要とすることがない。
しかし,発生可能な炭素ラジカルに制限がある。例えば,化学反応の炭素源として有用な「かさ高い第三級アルキルラジカル」や「不安定なメチルラジカル」の生成は困難だった。また,炭素ラジカルの発生とともに,分子量の大きな廃棄物を出してしまう問題もある。
研究グループは,ホウ素原子が環状分子骨格に埋め込まれた「ボラセン」から調製される有機ホウ素アート錯体をさまざまな測定技術を駆使しながら合理的かつ精密に設計した。この研究で設計・合成された有機ホウ素アート錯体は,可視光を吸収でき,光触媒を添加することなく,青色LED照射下でのアルキルラジカルを与える。
この反応の成功の鍵は,ベンゾ[fg]テトラセン骨格の一部を酸素およびホウ素原子に置換した「ボラセン」に対してアルキル求核剤を作用させて調製される有機ホウ素アート錯体が,可視光域の光を吸収して炭素-ホウ素結合の均等開裂を起こすこと。
可視光吸収により励起された有機ホウ素アート錯体が,「他の反応剤に1電子を渡す」あるいは「直接的に均等開裂を起こす」ことでアルキルラジカルを与える。このプロセスは効率が良く,これまで制御が困難であった「かさ高い第三級アルキルラジカル」や「不安定なメチルラジカル」の発生を可能にする。この手法によって発生させたアルキルラジカルは,化学反応の炭素源として活用できた。
また,この手法に用いる有機ホウ素アート錯体は,化学反応後に回収したボラセンにアルキル求核剤を反応させることで再利用可能となる。
この研究成果は,有機ホウ素化合物と光エネルギーを組み合わせることで可能となる新しい有機合成技術を提供したといえ,創薬研究などをより一層加速させるものとしている。