東京大学,神奈川県立産業技術総合研究所,東京都立産業技術研究センター,東京工業大学の研究グループは,高品質な酸化スズ単結晶薄膜を系統的に合成し,この系における過去最高の移動度130cm2V-1s-1を達成した(ニュースリリース)。
今回,パルスレーザー蒸着法で二酸化チタン(001)単結晶基板上に高品質な(001)配向の酸化スズ単結晶薄膜を作製し,その移動度を調べた。透明電極としては電子濃度も重要だが,ドーパントとしてタンタルを添加し電子濃度を系統的に変化させた。
得られた薄膜の移動度は電子濃度の上昇と共に急速に上昇し,電子濃度~1×1020cm-3において,最高値130cm2V-1s-1を示した。この移動度は過去の酸化スズ薄膜の報告例の中では最高の値であり,同程度の電子濃度のバルク単結晶にも比肩する。移動度を決める因子として格子振動,イオン化不純物,転位,粒界,中性不純物などが知られている。
この中でも格子振動とドーパント由来のイオン化不純物による散乱は原理的に減らす事が出来ない因子であり,移動度の上限を決める。この移動度の上限の計算値は,実験値の高電子濃度側(電子濃度1×1020cm-3以上)でよく一致し,今回作製した酸化スズ薄膜が高電子濃度側で移動度の理論上限に到達している事が分かった。
酸化スズ単結晶薄膜における移動度の抑制因子はこれまで不明だった。今回,(001)配向の薄膜において理論上限の高移動度が得られた事から,次のようなモデルを考案した。
酸化スズは単結晶基板と薄膜との格子不整合から{101}面欠陥が生成する事が知られている。この面欠陥が基板界面から薄膜表面まで伝搬し,粒界散乱として働いている可能性が(101)配向の薄膜の過去の研究において指摘されている。
この研究で作製した(001)配向では{101}面欠陥が最も浅い角度(34°)で生成する事から,その伝播を抑制する事が期待できる。実際に透過型電子顕微鏡で観察すると,面欠陥は予想通り成長初期(基板界面から30nm程度)で消失していた。更に,さまざまな種類の単結晶基板上でさまざまな方位の酸化スズ薄膜を合成した。
その結果,移動度は基板種類によらず成長方位によってほぼ決まっている事,また移動度は(001),(101),(110),(100)配向の順番に低下する事が分かった。この順番は{101}面欠陥が成長面となす角が増加する順番でもあり,{101}面欠陥が移動度を支配している事を強く示唆する。
このモデルの検証にはさらなる薄膜構造の詳細な研究が必要だが,(001)配向が高移動度化に有利である事は実験的に明確になった。今回の発見は近赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与するとしている。