東京大学,大阪大学の研究グループは,ミクロな法則である量子力学と,マクロな法則である熱力学とを橋渡しする,新しい関係を理論的に発見した(ニュースリリース)。
「クエンチ」と呼ばれる,物理的なパラメーターを突然変化させて,物理系のその後の量子力学的な時間発展を調べる研究が広く行なわれ,熱力学との整合性が議論されている。
従来の研究では,クエンチ後にさまざまな物理量の値が熱力学の予言する値に緩和するかどうかに重点がおかれ,クエンチ前後での物理量の値の変化率である感受率については調べられていなかった。量子力学と熱力学が整合するためには,感受率の値も両者で一致する必要がある。
ところが,熱力学の感受率には「等温感受率」と「断熱感受率」という2種類があり,量子力学が与える「クエンチ感受率」を,そのどちらと比較すべきかという点すら明らかではなかった。そのため,どちらかに一致するのか,そのための条件は何かも,分かっていなかった。
研究グループは,磁場を印加したときの磁化の変化を表す感受率を例にとって,この感受率の問題を理論的に解明することに成功した。まず,外部磁場が一様ではなく有限の波数kで空間的に変化するような場合を考察する,というように問題自体を拡張した。
このときのクエンチ感受率は,磁場で生じた波数kの磁化の変化率であり,kの関数になる。そして,量子力学に従う運動が十分に複雑であれば,このクエンチ感受率がk=0で不連続になる(k=0での値とk→0の極限値が異なる),という特異性を持つ事を証明した。
さらに,この不連続性によって,クエンチ感受率は,異なる熱力学的感受率を両方とも与えることを見いだした。すなわち,クエンチ感受率のk=0における値は断熱感受率を与え,k→0の極限は等温感受率を与える。
そして,量子力学の結果と熱力学の結果がこのように綺麗に対応して整合するために物理系が満たすべき条件も明らかにした。また,これらの条件が,従来の研究で,クエンチ後に物理量の値が熱力学の予言する値に緩和するための条件として挙げられていたいずれの条件とも異なっている,新しい条件になっていることも分かった。
さらに,これらの発見を具体的な物理系について例示し,実験で得られるであろう結果を予言するために,一次元スピン系について具体的に,量子力学が与えるクエンチ感受率と,熱力学が与える等温感受率と断熱感受率を,波数kの関数として求めた。
その結果,系の量子力学的な運動が複雑になるケースでは確かに上記のような振舞になることも,運動が単純になるケースでは条件が満たされなくなりクエンチ感受率が熱力学の感受率のいずれとも一致しなくなることも,確かめられた。
これは,物理現象をミクロな立場から説明する量子力学と,マクロな立場から説明する熱力学の関係を明らかにするという物理学の大きな問題を部分的に解決したと言える成果だとしている。