理化学研究所(理研),韓国科学技術院,香港城市大学,独ルール大学ボーフム校の国際共同研究グループは,多数の伝導電子が局在スピンを取り囲んで遮蔽する「近藤雲」の空間的な広がりを実験的に捉えることに成功した(ニュースリリース)。
鉄やマンガンなど磁性不純物を含む金属では,ある温度以下で電気抵抗が増大する「近藤効果」の概念は物理学に大きな影響を与えてきた。しかし,「近藤状態(近藤雲)」の空間的な広がりについては長年の課題とされてきた。
近藤効果では,局在スピンの遮蔽が量子力学的に起きる。局在スピンと伝導電子のスピンは,互いに逆向きになるようにもつれ合った状態で結合して近藤雲を形成する。この結合のエネルギーを温度に換算した値は「近藤温度」と呼ばれ,近藤温度より温度が高いと近藤効果は抑制される。研究では,近藤効果の強さの指標となる電気伝導度が温度によってどのように変化するかを調べることで,近藤温度が得られるように実験条件を設定した。
また,近藤雲は,スピンの相関を介して量子力学的に広がっており,近藤温度は量子干渉の影響を受けます。しかし,量子干渉計が近藤雲より大きくなると,近藤雲が広がっていない部分には局在スピンの影響が及ばないため,近藤温度が量子干渉の影響を受けにくくなる。
そこで,長さを変えることができる量子干渉計の内部に近藤雲を埋め込み,近藤温度が量子干渉によって変調される様子を観測することによって,近藤雲の広がりを検証した。その結果,近藤雲の大きさが,近藤温度の逆数に比例することを見いだした。また,近藤雲が局在スピンの周りに集中して分布している一方,長い尾を引いた形状をしていることを明らかにした。
長年の課題であった近藤雲の広がりの観測に初めて成功したこの成果は,固体物理学分野のブレークスルーの一つであり,複数の局在スピンを持つ物理系の理解が大きく進展すると期待できる。このような物理系は,近藤格子,スピングラス,高温超伝導体など多岐にわたり,大きな波及効果が予想される。
また,今回の半導体では,近藤雲の広がりが数μmにも及んでいることが明らかになった。これは,半導体量子デバイス素子の一般的なサイズを大きく上回る。このスピンの量子力学的な結合状態を介して,隣接せずに離れて配置された局在スピンを互いに結合させることが可能になるという。これを利用して多彩なスピンの結合状態を実現し,新しい機能を持つ量子デバイスの構築が可能になるとしている。