英ブリストル大学,高輝度光科学研究センター(JASRI),米オークリッジ国立研究所,ポーランド科学アカデミー,英ワーリック大学,英カーディフ大学,デンマークのDMSC欧州中性子施設(ESS)の研究グループは,大型放射光施設SPring-8のBL08Wを用いて,Ni, Fe, Co, Cr元素の均等配分組成で作られた最大限に不規則化した合金において,極端にぼやけたフェルミ面の観察に初めて成功した(ニュースリリース)。
“電子がどのように運動しているか”を表すフェルミ面は金属の性質を理解するうえで重要な概念となる。大型放射光施設SPring-8の高エネルギー・高強度X線は,金属中の電子を捉え,フェルミ面を測定する実験に利用されている。
合金は2つ以上の元素の組合せでできた金属で,一般的に合金は,ひとつの元素を主成分とし,他の元素を比較的少量の添加元素としている。例えば,銅(Cu)を主成分として,錫(Sn)を添加することにより,青銅(ブロンズ)という合金ができる。
最近発見されたハイエントロピー合金とよばれる金属材料は,それぞれの元素は同じ成分濃度を有し,少なくとも5つの元素から構成されている。この新しい金属材料は,低温における高強度特性など,従来の金属材料では実現できない技術的に重要な特性を示すことが明らかになってきた。ハイエントロピー合金の特性をさらに探求するうえで,このような新奇な不規則合金において電子がどのように振る舞うかを理解することは重要となる。
この研究では,高エネルギー非弾性散乱(BL08W)において高分解能コンプトン散乱実験を行ない,多元素の配置不規則性がフェルミ面にどのような影響を与えるかを調べた。
普通の金属では,電子が占めている状態と電子が占められていない状態の境界面であるフェルミ面は急峻な不連続面になるが,大きな組成不規則性をもつ合金はフェルミ面の不連続性が大きくボケていることが明らかになった。
このフェルミ面のボケは,散乱されずに電子が移動できる距離と関係している。普通の金属では,電子は長距離(場合によってはcm程度の距離)を移動できるが,この実験によりNiFeCoCr不規則合金の電子はかろうじて原子間距離(オングストローム程度)しか移動できないことが明らかになった。
技術的な可能性に加えて,大きな不規則性をもつ合金は基礎物理に光をあてる可能性があるという。化学的不規則性や強い電子間相互作用が金属の輸送現象に同様の影響を与えるため,ハイエントロピー合金などの多元素不規則合金の電子状態は高温超伝導体のような強相関物質の電子の挙動を理解する手助けになるとしている。