慶應義塾大学,情報通信研究機構(NICT)の研究グループは,テラヘルツ波をプローブとする小型・高分解能のレーダーを開発し,それを用いて人の胸部表面に現れる心拍の動きを衣服越しに非接触計測できることを実証した(ニュースリリース)。
電波と光の中間の波長を持つテラヘルツ波をレーダーとして応用すると,電波よりも分解能が高く,光よりも媒質透過性が高い計測が可能になる。しかし,レーダーの重要な要素であるビーム走査に必要なフェーズシフタ,および送受信波分離に必要なサーキュレータをそれぞれテラヘルツ帯で実装するために適した低損失材料が未だなく,レーダーの小型化は困難と考えられてきた。
研究グループは,導波路構造の工夫により,フェーズシフタもサーキュレータも用いることなくビーム走査と検波とを同時に実現することを試みた。具体的には,電波帯でよく知られている導波管をテラヘルツ帯向けにスケールダウンした導波路をベースとし,給電点から左右対称に波動を励振すべく中央に増幅逓倍器を,また左右両終端部にそれぞれ受信器を取り付けた。
左右両導波路の側面に開口部を設けることで一部の波動は周波数に依存した指向性で空中に放射され,残りは導波路内に留まりながら終端部まで達するように放射率を調整した。この構造により,左(右)側導波路から放射され,遠方の対象物で反射後に右(左)側導波路で捕捉される波動は,最初から右(左)側導波路内に留まったまま終端部に達する波動と干渉して受信器で検波される。
このようにして,周波数掃引によってビーム走査と検波とを同時に実現できることを示した。そして,掃引とともに得られるデータを処理することで,対象物の方向・距離・速度を算出する手法も併せて開発し,レーダーとして機能することを実証した。
さらに,それを用いることで人の胸部に現れる心拍の動きを衣服越しに非接触計測し,心電図と同期した詳細な動きを捉えられることも実証した。これはヘルスチェックの大幅な省力化に資する成果となる。
このレーダーは今後,今回は対象外とした汎用周辺部品の集積化も併せて行なうことで,モバイル・ウェアラブル端末や生活環境中に組み込むことができるようになるという。
また心拍をはじめとする身体のさまざまな動きを,接触や拘束に伴う煩わしさをなくして非接触計測することで,短時間で簡便に,衛生面やプライバシー上の懸念も和らげながらヘルスチェックを行なえる可能性が拓かれるとしている。