東大ら,有機分子でスピン移行に成功

東京大学,東北大学,大阪大学,分子科学研究所,高輝度光科学研究センターの研究グループは,白金から磁石としての性質を持つ分子へのスピン移行を実証した(ニュースリリース)。

スピントロニクスのキーテクノロジーとして,情報維持に電力を必要としない不揮発性メモリやロジック回路が挙げられる。そして現在は大きさが数十nm程度の金属磁石の磁極(N極とS極)を情報源(1と0)とした研究が盛んに行なわれている。

スピンを演算などに利用するためには,スピン状態のコヒーレンスを少なくともマイクロ秒程度保つことが必要となる。しかし金属磁石では,ピコ秒程度と短く,古典力学的な性質を示すに留まり,近年注目されている量子演算への応用は困難となる。

一方,分子中のスピンはマイクロ秒と比較的長い間コヒーレンスを保つことがわかっており,注目を集めている。しかし分子スピンの制御方法,特に集積回路に応用するために必須である電子状態の電気的検出手法及び制御手法はなかった。

今回,研究グループは道路標識の青色顔料としても利用されスピンも有するフタロシアニン分子を吸着させた白金細線において,白金からフタロシアニンにスピンが移行する事を,スピンホール磁気抵抗効果により見出した。スピンホール磁気抵抗効果はフタロシアニンと白金との間のスピン移行効果により生じている。そのため,この結果は電流によって分子の持つスピンの制御を行なえることを示している。

実験としてはまず鉄(II)フタロシアニン分子を厚さ6nmの白金表面に吸着させ,細線デバイスに加工した。次に,鉄(II)フタロシアニンの持つスピンがデバイス加工後も保持されている事を大型放射光施設 SPring-8の軟X線固体分光ビームラインBL25SUで得られるX線を用いた測定と理論計算によって確認した。

このデバイスに外部磁場の向きを変えながら,電気抵抗の変化を測定した結果,磁場をかける方向により,電気抵抗変化が異なることがわかった。磁場と電流が平行の時には,電気抵抗が大きくなり,磁場を電流に対して垂直にかけた時に電気抵抗が小さくなる。

これは,白金を流れるスピンが鉄(II)フタロシアニンに影響を与える事で電気抵抗が変化したためで,スピンホール磁気抵抗効果特有の現象となる。これにより白金に生成されたスピン流から,鉄(II)フタロシアニンへスピン移行が生じたと結論づけられるという。

この成果は,スピン移行を用いたトルクにより磁石の性質を持つ分子を電流で制御できることを意味し,また将来の分子を利用した集積量子演算の初期化技術として使える可能性があるとしている。

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