東京工業大学,筑波大学,高知工科大学,東京大学らの共同研究グループは,ホウ素と水素の組成比が1:1のホウ化水素シートが,室温・大気圧下において光照射のみで水素を放出できることを見出した(ニュースリリース)。
ホウ素のみで構成される二次元物質であるボロフェンは,理論的な研究によってグラフェンの性能を凌駕することを示唆する報告がなされてきた。だが,合成に成功した条件はいずれも高温・超高真空下など特殊な条件が必要だった。
研究グループは二次元的な骨格をもつホウ素に水素が結合した二次元物質であるホウ化水素シートの合成に,室温・大気圧下という非常に穏やかな条件で成功している。ホウ化水素シートの質量水素密度は8.5%と高く,爆発のリスクある高圧水素ガスボンベに代わる軽量で安全な水素キャリア材料としての応用が期待されている。
研究グループの第一原理計算によると,ホウ化水素シートではホウ素の結合性軌道から反結合性軌道への遷移(α→β),ならびに水素の反結合性軌道への遷移(α→γ)が起こることが示唆された。特に水素の反結合性軌道への遷移は紫外線のエネルギーに相当する。
すなわち,光エネルギーでγ軌道に電子を遷移できれば水素の結合を弱められ,常温・常圧で紫外線の照射のみで水素が放出されるのではないかとの仮説を立てた。
これを検証するため,2種類の光源を用いてホウ化水素シートから放出されるガスの分析を行なった。可視光の照射はホウ素の結合性軌道から反結合性軌道への遷移(α→β)を起こすことができる一方,紫外線照射は水素の反結合性軌道への遷移(α→γ)を起こすことができる。
この結果,第一原理計算の予想通り,紫外線の照射で水素が生成することが確認できた。また,紫外線を照射したときの水素生成量を定量したところ,ホウ化水素シートの質量の8%にあたる水素を放出できることがわかった。
従来の水素吸蔵合金における質量水素密度は,高いものでも2%程度だった。また,シクロメチルヘキサンのような有機ハイドライドも有望な水素キャリアとして知られているが,その質量水素密度は6.2%で,水素放出には300 ℃以上の加熱が必要だった。
今回のホウ化水素シートは,既往の水素キャリアと比べて極めて大量の水素を,光照射という極めて簡便な操作で放出できることがわかった。
現行の車載用燃料電池には高圧水素タンクが搭載されているが,研究グループはこの研究成果により,安全・軽量・簡便なポータブル水素キャリアとしての応用が期待できるとしている。